第2話:なんぼなんでも無理でした
「うーむ」
ハンデ戦として、制限時間は測らずに時間的猶予はもらったが、なんだこれ。
「そうだった、中学って旧制だったら高等学校まで見積もる必要があるんだった……」
ああ、そうかいそうかい。……拙いな、本格的に判らなくなってきた……。
マークシートのありがたみを噛み締めつつ、ベルを鳴らす。
「おや、坊ちゃん。もう仕上がりましたか」
「……それ、絶対皮肉だろ」
一教科に一日もらったんだし、筆記試験としては予想外の長期戦だ。科挙じゃあるまいし……。
「いえ、ですが、あまり答案は埋まっておらんようですな」
「……身の程を知りました……」
なんだ、これ。高校の卒業試験にしちゃえらく難易度高いでやんの……。
机に突っ伏したまま、返事をする高平太少年。無理もあるまい、何せ姫中の卒業試験には様々な問題がある上、彼の想定している難易度よりもかなり上であった。或いは、センター試験をマークシートではなく記述で解け、といっているに等しいレベルであった。
前世の彼が、センター試験をマークシートの裏技も含めて突破したことを考慮した場合、決して解けるレベルの問題とは言い難かった。何せ、姫中とは姫路市で一番、県下でも有数の進学校である上に、高等学校に等しい難易度もあるほどだ。尋常小学校を突破した程度の彼で、いかに前世のアドバンテージがあったとしても、解ける道理は、無かった。
「では、高等専門学校は諦める、という方向で」
「まあ、今受けるべきじゃない、っていうのは判った。高文とかはもっと難しいんだろ?」
「そりゃ、そうでしょうが、そもそも高等専門学校と高等文官試験は出題に対しての傾向と対策が根本から異なります。高等専門学校は文字通り専門教科を重点的に行うのに対して、高等文官試験は全般的に難易度が高いので広範囲の問題を解く必要が御座います。
……坊ちゃんは、高等文官試験を受けたいので?」
「坊ちゃん」こと高平太が高文を受験することを意外そうに訊ねる使用人。それも当たり前で、彼は座していても伊東製薬の経営権が手に入る立場にあるのだ、最低限の学力や経営能力は必要であったが、何も官僚に苦労してなる必要のない人間ではあった。
「いや、聞いてみただけ。それに多分、俺は学歴は要らない」
そして、彼は文豪になる決意も表明していた。とはいえ、確かに彼ほどの能力があれば一世風靡級の文豪に成れるかもしれなかったが、しかしそもそも文豪の社会的地位は、この世界ではそこまで高いものではなかった。無論、彼もそれは承知しており、なぜ職を付けたいかを吐露することにした。
「……ああ、まあ、確かに坊ちゃん程の作文能力があれば、文壇も夢では御座いませぬが……、とはいえ、いかに社会的地位が向上したとはいえ、博士や大臣に比べれば……」
「とはいえ、高等遊民で居座るくらいだったら、な」
「……坊ちゃんは将来的に、伊東製薬を継ぐ必要が御座います。薬剤師になれ、とまでは申しませぬが、最低限の帝王学は身に着けて頂きますよ」
「はは、そいつぁ手厳しいな」
彼は、一応食い扶持を稼ぐつもりでいた。とはいえ、そもそも家を潰さなければ充分に、伊東製薬は身代のある製薬会社である、高平太一代で食い潰すのは、逆説的に不可能といえた。
「諦めなされ、坊ちゃんには、普通の庶民の暮らしは出来ませぬ故」
「まあ、それは端っから諦めてる。とはいえ、学校くらいは好きに決めようと思ってるでな」
「はい、ゆえに選択肢を設けさせて頂いております」
「選択肢、ねえ……」
はたして、それはどんな選択肢なのか。「坊ちゃん」も判別付かないまま、九月は過ぎていった。
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