勝った世界で

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」で宜しく

第1話:勝った世界にinしたお?

  戸惑いを感じたのは、眼前に城があったことだった。というか、眼前の城はまあ言うまでも無い程有名な城だったが、だからこそ違和感を覚えた。

  次に明らかに別の世界線だと確信したのは、自分の家がやたら大きい屋敷だったことだ。屋敷っつーか、屋形っつーか、まあデカイ家だった、ということ。

  そして通う学校の名前を見て確信した。ここは知っている世界ではない、と。

  見慣れた、しかし若い親父殿おやっど御袋おふぅろの顔は、本当に昔見たままの顔であった。眼前のランドセルに入った本に書かれている文字を見て、旧字体であることまでは読み取れたが、それ自体は類推して読めるからまだいい。変わった教科書だなとは思ったが。

  ……問題は、なんで学校の名前に「尋常」って付いてんだ。尋常小学校って俺歴史の教科書でしか見たことないぞオイ。てか、名前国民学校じゃなかったのか。戻したのか。戻したとして連中GHQはスルーしたのか?

  年号は、一応平成だったが、平成5年じゃないのは何でだ。なんでずれてんだ。

  ……なんというか、前世の記憶はあるが、役には立たなさそうだ……。


 兵庫県姫路市、昭和61年に後の文豪、伊東高平太(本名は皆知っているだろうから敢えて文豪名で記す)が生まれたのは、記憶にも新しいが、この文化勲章を史上最年少で賜る文豪は、略字で文章を書くことで有名だった。とはいえ、その略字は正字を略すのに非常に合理的であり、後に電算機を使った執筆に於いて、非常に効率的に鍵盤を叩く姿を見て、どこで習ったのかと周囲の者が訊ねたが、「天性の勘」と答える程度には才覚高き子であった。

 何せ、伊東製薬に生まれた高平太(無論、本名ではない)が、喩え従兄が早くから薬剤師を目指していたからとはいえ、文豪であることを許されたのは当時製薬に置いてあった古い電算機を玩具のようにいじり回していたように見えた周囲の者が、坊ちゃんそれは高価な機械なんですよ、と注意しようとしていたら、なんと作文を電算機で書いていたというのだから、栴檀は双葉より芳しとでも言えようか。

 何にせよ、さすがに電算機を学校に持って行く訳にもいかなかったのだが、既に尋常でやるべき学問は、歴史と修身を除きほぼ全てを入学前に終えていたという伝説を持つ彼は、なんと平成元年に尋常に入学するや、たった数ヶ月で尋常を終えたという……。


「……どうしてこうなった……」

  確かに、学校に行きたくないとは思っていたが、学校側から「もう来なくていい」と言われるとは面輪なんだ……。

  おかしいな、職員の魔の手から逃れるつもりで全力出しただけなんだが。


 伊東は自覚していないが、この時の尋常小学校での最初の試験に置いて、伊東は建学以来最優秀の成績で、それどころか問題文の添削を行うくらいには優秀な試験結果を残すことになる。唯一成績が悪かったのは歴史だが、それとて明治大正辺りまでの答案はほぼ完璧であり、昭和以降に荒が目立つ結果となったとはいえ、後に教科書と照らし合わせてどこが間違っているかを教職員から聞かれた際にかなり正確に答えたところから、尋常小学校側が卒業証書を手渡すべきか迷ったという記録が残っている。

 結果、彼は六歳から通い始めて、六年間の年限があるはずの尋常小学校を、なんと四歳の四月から入学し、九月には全行程修了の証である卒業証書を貰ったというのだから、なんというか、本当に……本当に地頭が良かったのだろう。何せ、父も母もナンバー相当の中学を卒業し(ちなみに父は姫中、母は神戸三中であったとされている)、父はそのまま三高へ、母も薬専へ行った、本物の生え抜きである。むしろ、それくらいの伝説を残さねば家柄が泣くといった家庭であった。そして、彼は父同様に姫中に向かうと思われた。

 だが……。


「高専!?」

「なぜ、また……」

  おー、びっくりしとるびっくりしとる。……俺だって、この状況じゃなかったら言わない、望外の望みだ。だが、高専には俺も未練、というか因縁があるんだ。今度こそ、入学してみたい。

「だって、もう受験したくないし」

  ……と、言うことにしておこう。反論出るのは、まあ承知の上だ。

「えー、坊ちゃん。残念ですが……」

「あー、さすがに無理?」

「はい。坊ちゃんの数学力では、合格しても落ちこぼれる可能性がございます。無論、今のままならば、という前提はつきますが」

「……そんなに頭悪いかなあ……」

  確かに、センター試験の数学は壊滅的だったが、あれは狂職員の巡り合わせが悪かった所為だ。今なら、行けるかもしれん。それに、明石高専にせよ神戸高専にせよ、未練はあるんだ。今世では叶えたっていいじゃないか、その未練を。

「いえ、そもそも高等専門学校の扉は、中学校卒業を前提としております。いかに坊ちゃんが尋常小学校を一年もせずに出たとはいえ、基礎学力が足りないと思われます。とはいえ、並みの中学校では、またしても年限切り上げであまり通わないまま終わるでしょう。ここは一つ……」

「一つ?」

「姫中の卒業試験を解いてみませんか」

「……卒業試験?」

  そんなんあんのか、オイ。

「……坊ちゃん、普通は学校とは入学試験の他に卒業試験というものがあるのです。坊ちゃんは尋常小学校をほぼ数ヶ月で卒業したが故、ご存じないのかも知れませんが……」

「……つったって、中学校の卒業試験って……」

「姫中の卒業試験が解けぬようでは、土台高専の入学試験など解けませぬ」

「……あー、そなの?」

「はい」

「参ったな……」

  つったって、中学校の試験だろ?余裕とまではいかんが、高校全国統一試験で文字通り全国レベルだった国語と理科で、どうにかなんだろ。

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