第2話 俺、もしかして何らかの事件に巻き込まれた?
誰かの声が聞こえる。
「……ですか? 大丈夫ですか?」
とても優しく心地よい声だ。声質から考えて、おそらく女の子の声だろう。
俺はとりあえず現在の状況を把握しようと頭を働かせた。
まず、両目を閉じているため視界は真っ暗だ。これでは視覚から情報を得ることはできない。
次に気になったのは背中の感触だ。なんだか固くて冷たいものが背中全体に当たっている。ほのかに草の匂いがするので、おそらく地面だろう。
そして最後に周囲の環境だ。気温は暑くも寒くもなく、時折気持ちの良いそよ風が吹いてくる。間違いなくここは屋外だ。
嗅覚と触覚から得られた情報を整理すると、俺はどこかの芝生の上で仰向けで横たわっていることになる。
どうしてそんな状況になったのだろう。
そんな疑問が頭をよぎるが、再び聞こえてきた声によってその疑問はかき消される。
「意識はありますか? しっかりして下さい、お兄さん!」
状況を把握し、だんだんと意識がはっきりしてきたところで、その声が自分に向けられていたということを俺は理解した。
――もしかして俺……誰かに心配をかけてるのか?
まだ頭はぼんやりとしていたが、誰かが自分を心配していることだけはわかる。
それがわかった以上、相手に心配させ続けるわけにはいかない。それに、重症だと思われて救急車でも呼ばれたら大事だ。
騒ぎを起こさないためにも、俺は両目を開け、ゆっくりと体を起こした。
その瞬間、視界に飛び込んできた世界に俺は驚愕した。
まず驚いたのは、いつの間にか昼になっていたということ。
先ほどまで俺は夜の公園にいたはずだが、今は空に太陽が昇っている。まさか、あれから昼までずっと気を失っていたのだろうか……
いや、昼まで気を失っていたというだけならまだいい。
問題は、俺が倒れていた場所だ。
街はずれの小さな公園で休んでいたはずなのに、今はやたらと開けた場所にいる。
地面には芝生が植えられており、周囲には遊具がまったく見当たらない。ブランコと滑り台があったはずなのに、影も形もないのだ。
見える範囲に民家もなく、昨夜座っていたはずのベンチもなくなっている。
ここは明らかに昨夜の公園ではない。
おそらく気絶している間にどこか別の場所に移動させられたのだろう。
どこかに運ばれたとわかった途端、俺は急に怖くなった。誰がどんな目的でここに連れてきたのかわからないからだ。
普通、気を失っている人間をどこかに運ぶとしたら病院だろう。
それをせずにこんな何もない所に連れてきたということは、犯人は何か良からぬことを企んでいるに違いない。
その考えに至った俺は、急いでポケットに手を入れた。
現在の状況から考えて、何らかの事件に巻き込まれてしまった可能性が高い。
まずはスマホで現在地を確認し、早急に助けを呼ぶべきだ。
そう思ったから、スマホを取り出すためにポケットの中に手を突っ込んだのだ。
――スマホは無事だよな……
通信機器は犯人にとっては都合の悪いアイテムだから、気絶している間に取り上げられていてもおかしくはない。もしもスマホを奪われいたら、連絡手段を失ってしまい、助けを呼べなくなる。
そんな不安を抱いたが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
ポケットの中に入れた指に固いものが当たる感触があったからだ。
この感触は間違いなく普段愛用しているスマホだろう。
――これで助けが呼べるぞ。
安堵する俺だったが、背後からまたしても先ほどの声が聞こえてきた。
「よかった……意識を取り戻したみたいですね……」
その瞬間、誰かに心配をかけていたことを思い出す。
何らかの事件に巻き込まれたのではないかとパニックになっていたせいで忘れかけていたが、そもそも俺は優しくて心地よい女の子の声で意識を取り戻したのだ。
……まぁ、現実を認識した今となってはこの女のことも信用できないのだが。
間違いなく俺をこんな所に連れてきた犯人の仲間だろう。
もしかしたら俺のことを見張るように主犯格から命令されたのかもしれない。
優しい言葉に騙されるなと自分自身に言い聞かせる。
最初は俺の身を心配してくれているように感じたが、犯罪に巻き込まれた可能性が濃厚となった今、女だからと信用しない方がいい。何を企んでいて、俺をどうするつもりなのか見当もつかないのだから。
俺は左手でポケットの中のスマホを握りしめ、右手の拳をぎゅっと固めた。
相手の攻撃から身を守る決意を固めるのと同時に、いざとなったらすぐに助けを呼べるようにするための準備を済ませたのだ。
これでいつでも家族なり警察なりに連絡できる。
犯人の目的は分からないし、何人で見張っているのかも不明だが、そう簡単に相手の思い通りになるわけにはいかない。
――よ、よし。振り返るぞ。
俺はかつてないほどの恐怖に襲われるのを感じながら、恐る恐る後ろを振り返った。
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