会社帰りにキャバクラ感覚で異世界寄ってもいいですか?

梅竹松

第1話 会社帰りに……

俺の名前は荒岸達真(あらぎしたつま)。何の特徴もない平凡なサラリーマンだ。

年齢は二十五歳。短い髪に、平均的な身長、そして恵まれているとは言いがたい体格。

取り柄があるわけでもなく、顔もフツメンの、どこにでもいる平凡な男と言っていいだろう。

あまり他人に妬まれるような人間ではないが、そんな俺にもひとつだけ他人に自慢できることがある。

それは妻子持ちだということだ。

家に帰れば、美人の妻と今年五歳になったばかりの可愛い娘が出迎えてくれる。

特技も才能もなく学歴も低い俺が劣等感に押し潰されることなく生活できるのは、間違いなく妻と娘のおかげだ。

最愛の妻子のためなら、どんなに理不尽な仕打ちでも耐えられる自信があった……のだが、最近仕事がキツく感じるようになってしまっていた。


(今日は特に疲れたな……)


ようやく本日の仕事から解放された俺は、大きく伸びをしながら会社を出た。

いつものように残業をしてから退社したので、時刻はすでに21時近い。

当然だが外は真っ暗で、空には無数の星が輝いていた。


街灯に照らされた夜道をとぼとぼと歩く。仕事で疲弊しきっているせいで足が重く、まさに牛のような速度だった。


(やばい……家まで持たないかも……その辺で少し休もう)


まともに歩くことすらままならないほどに疲れていたため、少しだけ体に休息を与えた方がよいと判断する。

今日は特に仕事が忙しかったから、それに比例して疲労が溜まるのも自然なことだ。

残業で帰宅が遅くなることは妻に連絡してあるので、少し休んでも問題はないだろう。


とはいえ、この辺りに休憩できそうな店はない。

一服できる場所といえば、公園のベンチくらいだ。

だが幸いにも今は五月の下旬。そこまで寒くはない。天気も良いので、屋外のベンチでも体は充分に休まるだろう。


そう考えて、俺は公園に寄り道することにした。

人気ひとけのない道を無言で歩き、途中の自動販売機で微糖の缶コーヒーを購入する。

それを持って公園まで歩くと、背もたれのない簡素なベンチに腰を下ろした。


「あ~疲れた……」


座った瞬間、眠気と疲労感と倦怠感がごちゃ混ぜになったような不思議な感覚に襲われる。油断していると意識を失ってしまいそうだ。

ここはブランコと滑り台が設置されているだけの非常に小さな公園で、住宅街からも少し離れているため、昼でもあまり人は来ない。

夜ならなおさら人は近寄らないだろう。

もしも今ここで眠ってしまったら、そのまま誰にも気づかれることなく明日を迎えることになるだろう。

そうなれば妻子に心配をかけることになるので、意識だけは努めて保つ必要がある。


「まだ月曜日なんだよなぁ……」


ふと、そんな言葉が口から漏れた。

もしも今日が金曜日ならまだ精神的にラクだったかもしれない。

だが、無情にも今日は月曜日。週は始まったばかりだ。

仕事に忙殺される日が、まだ四日も続くと思うとどうしても気が滅入ってしまう。

永遠に明日が来なければいいのにとさえ思ってしまった。


そんな時だった――近くの茂みに青白い光を発見したのは。


「……何だ? あの光……」


興味をそそられ、不自然に明るい茂みに吸い寄せられるように近づいてゆく。

光に集まる虫の気持ちが少しだけわかったような気がした。


「誰かがライトか何かを落とした……ってわけでもなさそうだな」


点灯したままの懐中電灯でも落ちているのかと思ったが、そんなものはどこにも見当たらなかった。

ただ地面が青白く光っているのだ。

神秘的だが、同時に不気味でもあった。


「マジで何なんだよ……」


こんな不気味な現象など、あまり関わらない方がよいのかもしれない。

今すぐにでもここから離れるべきだ。

頭ではわかっているつもりなのに、なぜか離れることができない。


「手をかざして大丈夫かな……?」


好奇心に負け、おそるおそる片手を伸ばしてみる。

おそらく何も起きないだろう。いや、何も起きないでほしかった。

そんな願望を胸に抱きながら伸ばした手が光に当たった。

……といっても、指の先が少し当たっただけだ。


「何も起きないか……そりゃそうだよな。ただの光だもんな。何で光ってるのかは知らねぇけど」


特に異変が起きないことに安堵しつつ、さらに腕を伸ばしてみる。

徐々に光の当たる部分が増えてゆき、やがて手のひら全体に光が当たった。

異変が起きたのは、まさにその瞬間だった。

光の当たった左手から地面に吸い込まれそうになったのだ。


「……な、何だ!?」


ものすごい吸引力だ。そこまで体格に恵まれているわけではないとはいえ、成人男性の体をブラックホールのように吸い込もうとしてくる。


「く……」


もちろん吸い込まれないよう両足に力を入れて踏ん張るが、あまり意味はなかった。

どれだけ踏ん張ろうと、青白く発光する地面に少しずつ吸い寄せられてしまっているのだ。


「誰か! 助けてくれ! 変な光に吸い込まれそうなんだ!!」


一人では対処できないと感じ、助けを求める。

だが、住宅街から離れた場所にある公園なので、近くに通行人はいない。

これでは俺の声は誰にも届かないだろう。


「くそっ!」


スマホで助けを呼ぶという方法も頭をよぎったが、残念ながらそんなことをする余裕はなかった。

今は両足に力を入れて踏ん張るのに精一杯だ。ポケットに入っているスマホを取り出して誰かに電話をかけるなんてことできるわけがない。

もはや自力で切り抜けるしか選択肢は残っていなかった。


しかし、どれだけ抵抗しようと謎の光の吸引力には勝てない。無力な赤ん坊に等しいことを思い知らされるのみだ。


結局、俺は光源となっている地面に吸い寄せられた。

それだけなら目に見える実害はないので、まだよかったのかもしれない。


「体が……地面を透過した!?」


指が地面に触れても、その感触がなかったのだ。

まるで水中に飛び込んだかのように、俺の体は地中に吸い込まれてゆく。


「本当に何なんだよ! これぇぇぇ!!」


俺の叫び声が夜の公園にむなしく響く。


誰に救助されることもなく、無抵抗のまま地中に吸い込まれ……気づけば俺は気を失っていた。

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