第20話 初陣はローションと共に

 俺たちは急いで裁縫工房に来た。そこはほとんど山賊の様な身なりの兵士たちが裁縫機械を接収しようと、工房に乗り込んでいた。それをやめさせようと抵抗する工房の女達との間で、大騒ぎとなっていた。


「おやめなさい、駐屯費については、2か月は待っていただく約束だったはずです」


 エリス姫の声が響く。だが駐屯兵たちは手を止めようとしない。


「せめて王城でお話を伺います。止めてください。代表者はどなたですか?」


「〝上〟は知らねーよ。俺たちの独自の判断で動いているだけだ」


 リーダーらしき粗暴な男が、下卑た笑いを浮かべながらエリス姫の言葉を拒否する。


「裁縫道具がなくては、仕事ができません。駐屯費も払えなくなります」


「娼館で働けば道具はいらねーぜ、がはは」


「裸でいいもんな」


「安く買ってやるぜ!」


「そんな・・・」


 兵士たちの粗暴な言葉にショックを受ける姫。どうやら、こいつらはフリージア王国の人々を骨の髄まで吸い尽くすつもりだ。


「どいてろ、エリス姫。こういう連中には、話し合いは意味がない」


 俺は姫の代わりに、前に出る。


 相手は武器を持ち甲冑を着た兵士数名。普段なら絶対に相手をしたくない連中だ。


 だが人生において、戦うしかないときは、ある。それも野蛮な中世世界なら、なおのことだ。   


 不思議と恐怖心は無かった。今日一日でいろいろありすぎて、感覚が麻痺しているのかもしれない。


 俺はリーダーらしき男に標準を定め、右手に魔力を込める。


(他の異世界転移物だったら、爽快な魔法で敵を一層できただろうにな)


 だがセイオウの俺が持つ魔法は〝風俗魔法〟


 攻撃力はない。足らないものは、知恵と度胸で補うしかない。


(よし、一番近くにいるのは敵のリーダーだな)


 俺は密かに距離を測る。この魔法は方向に関係なく、一番近くの人間を捕縛するものだからだ。


──〝風俗魔法・緊縛〟──


 俺の右手から魔力の塊がリーダーらしき男を包み、次の瞬間、荒れ縄が出現してその自由を奪う。


「な、何だこれは!?」


 リーダーらしき男は悲鳴に近い声をあげる。


 〝亀甲縛り〟


 乳房を強調し、股間を圧迫する特殊捕縛術。江戸時代の昔より我が国に伝わる緊縛技術。


「ま、魔法?」


「おお、セイオウ様の魔法だ!」


「すごい!」


「でも・・・へ、変な縛り方」


 敵の兵士と、工房の女達から声が上がる。 


 俺はその隙に、魔力を右目に集め、次なる風俗魔法を発動する。


──〝風俗魔法・玄人の目〟──


 嬢とボーイの士気を心の色として表示する風俗魔法。


 それはこの兵士達にも有効だった。


(敵には闘争心と戸惑いの両方の色が出ているな。戸惑いが勝って、帰ってくれればいいのだが・・・)


「お前ら、ひるんでんじゃねえ!!」


 リーダーらしき男が(恥ずかしい格好で緊縛されながらも)、部下たちに命令する。それなりに信頼は厚いらしく、他の兵士たちの心の色が一気に闘争心へと傾く。


(全員で突撃してくるつもりだな)


 俺はけん制するように左手を兵士たちに掲げ、後ろに添えた右手を前方地面に向ける。


 俺は右手でしか風俗魔法を使うことができない。だが敵はそのことを知らない。左手のフラグは有効なはずだ。そして本命である右手に、残る全魔力を集中させる。


「一斉にかかれ!」


「「おお!!」」


 緊縛魔法の対象は一人だと判断したのだろう。だから、一斉にかかれば勝てると考えた様だ。その判断は、こと緊縛魔法に限って言えば、間違ってはいない。


 武器を掲げた兵士6名は、一気に俺の元へと襲いかかってくる。


──〝風俗魔法・ローション〟──


 俺は兵士たちの足元、石畳の地面に向けて、右手から大量のローションをぶちまけた。


「うわああ!」


「すべる!!」


 派手に転がる兵士達。甲冑と武器が石畳にぶつかり、けたたましい音を立てる。


 元より動きにくい甲冑を身に着けていたのだ。足元のローションを回避するすべはなかった。


「こ、この野郎!」


 起き上がろうとする兵士達。〝玄人の目〟で見る限り、まだ色は赤く、闘争心が抜けていない。


「むやみに動くな、毒が回るぞ!」


 俺は兵士たちを制するように、言葉を続ける。


「その液体は俺が魔法で作り出した特殊な液体だ。10分以内に水で清めなければ、皮膚がただれて死に至る」


「何だと!?」


 もちろん嘘だ。ローションの素材は海藻であり、人体には無害だ。だがハッタリで押し通るしかない。


「10分以内に俺を倒せるなら、話は別だが」


 俺は右手を敵兵士たちに掲げ、いかにも強そうに仁王立ちする。もう戦う術はない、このハッタリに全てをかけるしかない。


「みなさん、セイオウ様を援護してください」


 俺の意図を察知したのか、エリス姫が工房の女たちに命ずる。工房の女達はそれぞれ棒のようなものを持ちながら、俺の両翼を固めるかのように、続々と展開する。


 流石はエリス姫。いつも土壇場で頼りになる女だ。


 数を増す女たちを前に、兵士たちの士気がどんどん下がっていくのが、〝玄人の目〟で確認できた。


(未知の魔法と真偽不明の毒に加えて、圧倒的な数的不利・・・これなら押し切れるはず)


「ひ、引き揚げろ!」


 ついに敵の恐怖心が勝ったようだ。兵士達はリーダーらしき男を抱きかかえながら、崩れるようにその場を去っていった。


(ふう、勝った・・・)


 役に立たないと言われた風俗魔法だって、戦術次第で勝てるのだ。


 俺を追放したゼレス王国の王様め、ざまーみろ。ローションでお前の国の兵士を追い返してやったぞ。


「やったあああああ」


「さすが、セイオウ様」


 歓喜の声をあげる工房の女達。


 だが不思議だった。

  

 その声が、どんどん小さく感じる。


 続いて目の前が真っ白になり、俺は地面に膝をつく。


「きゃあああ、セイオウ様!?」


 女たちの悲鳴が、どこか遠くの声のように思えた。



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