第10話 娼館の問題点

「こちらが、我が国の娼館になります」


 マイヤ事務官が案内してくれたのは、小さな酒場の様な建物だった。


「営業は夜からとなりますが、準備のために、嬢たちは出勤しております」


「準備とは?」


 俺の質問に、マイヤ事務官が答えてくれた。 


「普段は酒場として運営していますから、その下準備です。客と交渉し、価格を決めて、上の部屋に向かいます」


「なるほど」


 純粋な風俗というより、酒場と立ちんぼがセットになった形式の様だ。


「嬢たちを紹介いたします。こちらに」

 

 マイヤ事務官に案内されるままに、奥の部屋に向かう。


 そこにいたのは、50名程度の女達だった。


 年齢は大体20代前半くらいだろうか、皆かわいい。足先まで隠すロングドレスを着ていることは裁縫工房の女たちと同じだが、娼館というだけあって、胸元はかなり大胆に露出している。


「我が国は売春が事実上合法のため〝風俗国家〟と呼ばれていますが、実際に性産業に従事するのはごく一部の女達だけです。皆志願して、この職に就いてくれました」


「初めまして、セイオウ様」


 女たちが頭を下げる。


 左手側に集まっているのが、やや化粧が派手でフランクな女達。右手側に集まっているのは、少し地味で真面目そうな女達。


 性産業に従事しているだけあってか、両者ともにセイオウである俺を恐れたり、嫌っている素振りは見られない。

 

「ここも問題があると聞いたが?」


 そう。エリス姫が言うには、この娼館もまた、経営危機に瀕しているという。


「はい。問題は2つございます。一つ目は、衛生問題です」


 マイヤ事務官が俺の質問に答える。


「汚いお客様だけは、ホントきついで~す」  


「何とかしてください~」


 右手側の女たちが、口々に不満を述べる。


 裁縫工房の女たちと違い、随分とフランクな口調だ。皆なれているのか、娼館の仕事自体にはもう抵抗はない様だ。


「一応お客様に入店前に沐浴場で身を清めていただくルールになっておりますが、あまり守られておりません」


「どーしても汚いお客様だけは、濡れたタオルでこするんだけど、これが重労働で・・・お客様も痛いとか、時間がかかると嫌がるし・・・だったら泉に入ってから来てほし~よね」


「まあ、冬場は寒いのはわかるけどさ」


 なるほど。風呂が高級であろうこの世界では、衛生状態を維持するのは大変だろう。

 

「もう一つは・・・その・・・客があまりつかない嬢達がいる事です」


 言いにくそうに、マイヤ事務官が言葉を続ける。それは右側の地味系の女たちの事を指している様だった。


「女たちの値段は、個別で交渉となります。高い嬢は20000コル、安い嬢は5000コルとなります」


 人によって随分と相場が違うんだな。交渉力も重要という事か。


「そして彼女たちは・・・・その、男性達には〝1000コルの女達〟と呼ばれています」


 言いにくそうにマイヤ事務官が語る。ちなみにコルとはこの国の通貨単位のことで、大体1円くらいらしい。


「1000コル? それは安すぎないか? 最低でも5000コルじゃないのか?」


「実際に支払われているのは5000コルになります。そこから娼館の維持費2000コルと、税が2000コル。手元に残るのは1000コルという事です」


 ふむ。娼館の維持費はともかく、税金が随分と高いな。


 そういえば織物工房のレイナも「税金が高い」と言っていたな。


「はい。この国に駐屯しているゼレス王国の駐屯兵の維持費を、我々が支払う必要がありますから」


 マイヤ事務官が、答えにくそうに答える。


「織物工房の競争力が低下したのも、高額の税を上乗せするからか」


「おっしゃる通りです」


 なるほど。レイナ達が必死で働いても、価格競争力がない理由は駐屯兵の費用を上乗せしているからか。


(あの酒ばかり飲んでいる駐屯兵の為に、ね)


 やはりこの国の状況は、かなりの危険域にあるようだ。


「駐屯を拒否してみては?」


「その場合、大規模な盗賊が襲来する恐れがあります。実際、駐屯費の削減交渉を行った矢先に、盗賊が襲来することがありました」


 ふん、タイミングが良すぎる。出来過ぎた話だ。


 守ってやるから金をよこせ、と言われているだけじゃないか。


 そしてしわ寄せは、裁縫工房と娼館の女たちにかかる。この国の根本的な問題が、そこにあるようだ。


 俺は右側に座している女たちの顔を再び見つめる。


 表情こそ暗いものの、彼女たちの目鼻立ちは整っており、十分に美しいといえる。それでも買い叩かれるのは、気が弱くて交渉力が低く、足元を見られているからか。


 言いようのない怒りの様な、熱い感情がこみ上げてきた。


「わかった。娼館の再建を引き受けよう。もう君たちを〝1000コルの女達〟と侮辱させたりはしない」


「本当ですか!?」


「さすが、セイオウ様」


 右側に座している女たちの顔が、一気に明るくなる。まるで暗い野原に一斉に花が咲いたようだった。

 

「うちらの方もお願いね、セイオウ様」


 対して左側の女達も、フランクにウィンクをしながら協力を求めてくる。

 

 価格競争力が高いためか、こちらは余力があるように感じる。 


「良案がおありなのですか? セイオウ様」


「まあな。客が喜んで衛生的になって、高い金を支払うシステムにすればいい。裁縫工房の再建より、ずっと簡単だ」


 エリス姫の言葉に、笑顔で返す。


「それよりも姫、再建に必要な軍資金についてだが・・・」


 何をするにしても、初期費用が必要だ。


「それについては場所を変えてお話しましょう」


 金については娼館の嬢たちには聞かれたくない内容らしく、俺はエリス姫たちと馬車の中に戻った。




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