第9話 まさかの求婚

「え!」


「おお!!」


 周囲の女達から、驚きの声が上がる。何しろ、俺自身が一番驚いているのだから、無理もない。だが俺の口は、さらなる驚愕の言葉を発した。


「その代わり、経営が再建できたら、レイナ、君に頼みがある」


「頼み?」


 レイナの視線が、俺に注がれる。


「──君が好きだ。俺のものになれ」


「ええっ!?」


「それって・・・」


「求婚?」


「まあ」


「やったじゃん、レイナ。貴族様に見初められたのよ!」


「いいな~」


 緊迫した空気は一瞬にして去り、女たちが色めき立つ。


 ん、〝求婚〟?

 

 そういうことになるのか? つーか俺は何を言っているんだ??


「それは良いお考えです。セイオウ様」


 すかさず、エリス姫が満身の笑みで肯定する。退路は断たれた。もう後戻りはできない。

 

「~~~~~~~~~~~」


 当のレイナは、瞳には涙を浮かべたまま、顔を真っ赤にしている。言葉を発する余裕すらないらしい。


 ショックと恥ずかしさで、いっぱいなのだろう。先ほどの凛とした雰囲気はない。それは年相応の少女の反応だった。


「期間は2か月。経営再建ができたかどうかの判断は、レイナがしてくれていい」


 さらに俺の口が勝手なことを語る。もう、俺の理性ではこの口は止められないらしい。


「おお!」


「すごい自信!」


「これが〝セイオウ〟様!?」


 背後の女達から、歓声の声が上がる。


「その代わり、2か月間は君たちは俺の経営方針に従ってもらう」


「はい!」


「わかりました!」


「2か月なら、がんばります!」


 次々と賛同の意を示す女達。彼女たちの目に光が戻り、顔つきさえも変わって見えた。


 最大の当事者であるレイナだけが、クシャクシャの表情で黙り込んでいた。その表情すら愛らしいが、少しかわいそうでもある。


「・・・本当に、成功したかどうかは、あたしが判断していいの?」


 それでもたどたどしい口調で、口を開く。


「ああ。もちろんだ」


 判断はレイナがする。例え客観的に見てどんなに成功していても、彼女が「失敗」といえば、俺のものになることは拒否できる。


 つまり、彼女に拒否権を与える事になるのだ。


「現場はこれ以上のコストカットは、できないよ?」


「現場のコストカットに頼ったりはしない。それは無能な経営者がすることだ」

 

 俺の言葉に、レイナの瞳の色が変わる。彼女が求めていた答えを述べることができた様だ。


「セイオウ様は〝この国の経営状況の再建〟とおっしゃいました。織物工房だけでなく、娼館の経営再建もお願いしますね」


「・・・あ、ああ。もちろんだ」


 にっこりと条件を追加するエリス姫。しかしこの状況で俺側のハードルをあげるとは、この姫は本当に味方なのだろうか。


「・・・・・・」


 そんな俺をじっと見つめながら、必死で考え込んでいるレイナ。彼女の一生にかかることなのだから、仕方がない。


「・・・はい。わかりました」


 そしてゆっくりとした口調で、俺の提案をのんだ。それは驚くほどしおらしい態度だった。


「うおおおおおお!」


「セイオウ様を信じて、頑張ろう!」


 契約の成立に、歓声をあげる女達。


 俺とエリス姫とマイヤ事務官は、翌日から経営再建に着手することを約束すると、そそくさとその場を後にした。



「うわあああああ、俺はなんてことを口走ってしまったんだ!!!!」


 馬車に入るとすぐ、俺は自らの身もだえた。


「この年になって一目ぼれとか、恥ずかしい!」


「落ち着いてください。人が恋に落ちるのは、素晴らしい事です。素敵な事なのです」


 傍らのエリス姫が、必死に慰めの言葉をかけてくれる。


「そもそもレイナは何歳なんだ?」


「彼女は17歳です」


「未成年じゃないか!! 最低だ、逮捕される!!」


「ここは異世界です。元の世界の法律は適用されません」


「それでも未成年とか最低だ!」


「じき18になります」


「どんだけ年の差があるんだよ!」


「年の差は関係ありません」


「しかも貴族の権力で、平民の娘を手籠めするなんて、最悪過ぎる!」


「貴族に見初められることは、この国の娘にとってはもっとも幸福な事なのです。それにレイナに拒否する権利を、お与えになりました。皆、寛大な事だと褒めております」


 そうだ、確かに拒否する権利を与えたのだ。


「ですから、そんなに気になされることはありません」


「・・・わかった。少し落ち着いてきた」


 背中を優しくなでながら諭してくれるエリス姫に、俺もようやく落ち着きを取り戻してきた。


「しかし、なんであんなことを言ってしまったんだろう?」


 俺は先ほどの事を思い返す。


 一目ぼれなんてずっとしてこなかったし、しかもその場で求婚(?)とか。口が別の生き物になったような感覚だった。


「これは私の推測ですが、〝セイオウ〟のジョブが関係しているのではないでしょうか?」


「どういうことだ?」


「セイオウであるイクオ様が力を発揮するには、お側にお仕えする女性が必要となります。わたくしも誰にしようか考えていましたが、セイオウ様のジョブがレイナを選んだのではないでしょうか?」


「セイオウのジョブのせいと言う事か?」

 

「はい。レイナは若く魅力的で健康的であり、何より人望があります。この国でセイオウ様にお仕えするには、もっとも適した人材だと思います」


 確かに、そう言われると妙に納得してしまう。 


「ですからお気になさらずに、これからどうやってこの国の経営状態を改善するかです。何か、策があるのでしょう?」


 確かに、レイナの事は後で考えるべきだ。


「それについては、私も懸念しておりました。セイオウ様には何か策があるのでしょうか?」


 俺たちの会話を見守っていたマイヤ事務官が口を開く。


 不安げな表情。マイヤ事務官は事実上、織物工房の経営再建に一度失敗しているのだ。その困難さは誰よりも知っているだろう。


「それについては、心当たりがある。とはいえ、まず娼館に行きたい」


 この世界の女性たちの服装を見て、気づいた事がある。それを確認するには、娼館に行くのが手っ取り早かった。


 どうせ娼館の経営再建も(エリス姫のせいで)しなければいけなくなったのだ。なら、一度に済ませてしまいたい。


「わかりました。では馬車を娼館に向かわせます」


 俺の言葉に、マイヤ事務官は馬車を娼館へと向かわせた。


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