第8話 裁縫工房の少女レイナ

「こちらは姫様の馬車です。皆さま、どうかなされましたか?」


 マイヤ事務官が堂々とした口調で尋ねる。


「私達は、直訴をしに来ました。その馬車に、異世界からの来訪者様が乗っておられるというのは、本当ですか?」


 女たちの先頭に立っていた金髪の娘が、声をあげる。凛と響く、美しい声だった。


 〝異世界からの来訪者〟とは、つまりは俺の事か。


「はい。姫様のご客人である来訪者様が、乗られています」


「その方が姫様のアドバイザーとなられるのは、本当ですか?」


「はい。事実です」


「ならばお話があります。私たちの話を、聞いてください」


 詰め寄る金髪の娘。


 マイヤ事務官は困ったような表情で、馬車の方を見つめる。


「話を聞こう」


 考えるよりも早く、体が動いた。 


 俺は馬車を降りて、金髪の娘の前に立つ。


 自分でも不思議だったが、彼女の話を聞いてみたくなったのだ。


「おお」


「これが、来訪者様!?」


「不思議な衣装」


 女たちから声が漏れる。特に俺の衣服が珍しいらしかった。


 エリス姫は反対するそぶりを見せず、窓の奥から無言で俺の反応を見ている。


「では来訪者様。裁縫工房の奥にどうぞ」


 俺は金髪の娘に導かれるまま、裁縫工房の奥に向かった。



「こちらにおかけください」


 俺とエリス姫、マイヤ事務官の三人が通されたのは、工房の奥にあるソファー席だった。


 前に座るのは、金髪の少女。


「はじめまして、レイナと申します」


 金髪の少女が、礼儀正しく頭を下げる。束ねられた美しい金髪が、小さく宙を泳ぐ。


「来訪者様の、イクオ様とおっしゃられます。階級は男爵となります」


 俺に代わってマイヤ事務官が、俺の紹介をしてくれた。


「それで、直訴とは? 俺に聞いてほしいこととは、何かな?」


「はい。私たちは今まで、王国のために何でもしてきました。でもこれ以上のコストカットはできません。アドバイスをされる前に、そのことをまず知っていただきたいのです」


 強い眼差し。


 その視線は、俺というよりも横に座るマイヤ事務官に向けられているように感じた。


 剣呑とした空気があたりを包む。


(ふむ、マイヤ事務官と過去に何かあったようだな)


「俺に詳しく聴かせてくれないか? 今まで何があったのかも含めて」


「はい。まず私から説明いたします。以前、こちらの工房は私が経営指導をしておりました」


 口を開くマイヤ事務官。

 

「裁縫はこの国最大の産業であり、輸出品でもあります。しかし3年前より、隣国より安く品質の良い衣服が出回るようになり、我が国の衣服は売れなくなりました。そのため、以前よりも安い価格で衣服を販売する必要に、迫られました」


 マイヤ事務官は、いわゆるコストカットを現場に指示したのか。


「しかし・・・」


 マイヤ事務官が言葉を詰まらせる。理知的な彼女にしては珍しい。


「──その結果、現場は崩壊し、お針子の女達の生活は成り立たなくなりました」


 代わりに言葉を発したのは、レイナだった。


「私達は朝から晩まで、必死で裁縫をして、それでもわずかな手当てしか得ることができなくなったのです。しかも不良品が増加し、フリージア織物のブランドは崩壊しました」


「品質管理は現場の責任です」


「人を減らしたら、品質が下がるのは当然じゃない!」


「そこは現場の無駄を省けば・・・」


「現場がサボっているってこと!? 税が高すぎるからでしょ!」


「わ、我が国の置かれた現状は、皆さまご存じのはずです」


 マイヤ事務官とレイナが、口論となる。

 

「わかった。大体の事情は理解できた」


 俺は二人の間に入り、口論をやめさせる。


 コスト競争に負けつつあるため、経営陣は無理なコストカットを現場に要求した。その結果、現場は崩壊状態となった。


 悲しいが、我が国にもよくある話だった。


 俺の会社の経営陣なら、どうしただろうか?


 おそらく労働者側の代表であるレイナを、人事権を使ってどこか地方に飛ばしただろう。


 代表を飛ばせば組織はおとなしくなる。数年しか時間は稼げないが、その間に経営陣や管理職が定年退職できれば御の字だ。


 強大な人事権を有する日本企業が編み出した、悪辣な手口だ。


 俺も同じような手を使えば、その場はしのげるかもしれない。だがそれでは、現場の問題はまるで解決しない。


 現場の苦痛、悲鳴に耳を傾けない組織に未来など無い。そのことを、俺は身をもって知っていた。


「お仕事が嫌いなんじゃないの! あたしたちはこの仕事に、フリージア織物に、愛着と誇りをもっているの! でもこれ以上、人を減らすコストカットは無理なの!」


 よく見ればレイナの美しい瞳は涙でいっぱいだった。


 後ろで話を聞いていた女たちも、みな涙をこらえながら、レイナの姿を見つめている。工房の女たちの意見は、彼女と全員一緒らしい。


 若くて美しいレイナだけなら、助かる手段はいくらでもあるのだろう。だがそれでは、他の女達が救われない。仲間の為に、自分より年少の娘の為に、必死で戦っているのだ。その姿はまるで雌豹の様だった。


 剣呑とした空気。


 その中で、俺だけが全く別の考えに囚われていた。


 こちらを見据えるレイナの瞳が、生きた宝石のように輝いている。


 何と美しい瞳だろうか。


 瞳だけではない。


 美しい金髪は黄金のように光り輝き、髪留めのリボンさえも輝いて見える。


 質素な衣服から伸びる長い手足が、服の上からでもわかる豊かな胸が、コルセットに包まれたウェストが、長いスカートにくるまれた可愛らしいヒップが、ホコリにまみれた頬すらも、キラキラと光り輝いて見えた。


 ──トクン──


 強い胸の鼓動を感じる。鼓動と共に、あたたかい思いが全身に広がる。


(マジか、俺!?)


 その久しく感じたことのない感覚に、俺は戸惑う。


(一目ぼれだと!? 思春期の少年じゃないんだぞ! 何を考えているんだ俺は)


 必死で押しとめようとする理性に反して、本能は全く別の事を主張していた。


(『この女を自分のものにできるなら、どんなことでもしてみせる』)


 それは野蛮で強靭な、獣の様な本能の声だった。


「──わかった。この国の経営問題は、俺が解決しよう」


 気が付くと、俺の口はそんな言葉を発していた。








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