第7話 フリージア王国(絶賛衰退中)

「それはそうと姫様、間もなく王都の城門を通過します」


 気を取り直して、マイヤ事務官は報告する。国境を越えてしばらく進んだだけで王都につくのだから、確かにすごく小さい国らしい。


「イクオ様、王都を守るヴィクトリーナの大城壁と凱旋門です。ぜひご覧になってください」


 エリス姫にうながされ、馬車の窓から外を見上げる。


「おお、これは、立派な城壁と門だな」


 高さは優に10メートル近くはある巨大な城壁と、装飾が施された15メートル近い塔のような高さの立派な凱旋門があった。


 小国だと思っていたが、王都の城壁は不釣り合いに大きい。


「200年前の我が国の全盛期に、女王ヴィクトリーナ様が建設された大城壁と凱旋門です」


 誇らしげに語るエリス女王。確かに城壁は多少は痛んではいるが、立派なものだ。


(しかし警備している兵士は、少ないな)


 俺が気になったのは、城壁の上に兵士の姿がほとんど見えなかったことだ。城門の周りしか兵士の姿が確認できない。

 ちなみに兵士の装備は、簡単な甲冑に槍か弓という、典型的な中世のものだった。


 そして門をくぐるとそこは、ほとんど〝廃墟〟だった。


「・・・人が住んでいないな」


「はい。我が国は絶賛衰退中なので、民が住んでいるのは王城の周りだけです」


 本当に衰退中のようだった。


 馬車が王手通りを進んでいく。


 曲がりくねった日本の城と違い、道はほぼまっすぐで、城内戦闘を考慮したものではない。


 王宮のあたりは丘になっているのか、かなりの坂をのぼっている感じだ。


「塩の匂いがするな。海が近いのか?」


「はい。海と大城壁に守られた都なのです」


 誇らしげなエリス姫。だがあの兵士数では、いかに立派な城壁があっても盗賊の侵入すら防げないだろう。 


 しばらく進むと、小さな関所を通過した。


 人の姿が見える。ここから先が居住区、事実上の王都らしい。


 女たちはコルセットに粗末なロングのワンピースっぽい服という、中世でよく見る服装をしている。どういうわけか、ほとんど若い女性だ。


(文化レベルはやはり中世くらいか、やはり技術水準はチグハグだな)


「男女比はどのくらいだ?」


「人口のほとんどが女性です」


「なんだって!?」


「フレイヤ様の加護で、子供は女性しか生まれませんから。男性は外国人の夫や、商人、傭兵の方々だけです」


「農業に従事する者はいないのか?」


「土地がやせている上に、国民は女性ばかりなので、農業に従事する者はほとんどいません。食料は、媚館と裁縫業の収益で購入し、国民全員に分け与えています」


「あの派手な甲冑を着た男の兵士たちは?」


 俺は昼間からビール(?)で乾杯し、騒いでいる男達を指さす。


「彼らはゼレス王国の駐屯軍です。我が国の安全を保護するため、ここに駐屯しています」


(あのカチュア姫の国か。そういえば駐屯費がどうとか言っていたな。しかし外国の軍が首都に駐屯し、治安維持。想像以上に事態は深刻だな・・・)


「酒ばかり飲んで、賭博で遊んでいるように見えるが」


「それは・・・今は平和ですし、息抜きは必要ですから・・・」


 今まで俺の質問に的確に答えていたエリス姫が、初めて口ごもる。


「あの甲冑を着た女たちは?」


「彼女たちが、我が国の親衛隊です。王城の警備や、粗暴なふるまいをする男性達の取り締まりを行っています」


「つまり、外国の駐屯軍は当てにならないと?」


「・・・おっしゃる通りです。ただ女性の腕力では限界があるので、駐屯軍の方々の力は必要なんです」


「なるほど。あっちに見える建物は?」


「あれが我が国の媚館です」


「後で視察したい」


「はい。もちろんです。ただ、娼館は日が暮れてから開きますので、先に織物工房をご案内しようと思います」


「織物が盛んなのか?」


「はい。我が国の女たちは手先がとても器用ですので、国民の多くが裁縫業に従事しています。娼館で働くのは、数でいえばごく少数です。フレイヤ神の教えで、娼館で働くのは志願者に限られますし」


 ふむ。風俗国家といえども、実際はそんなものか。


「興味を持っていただいたようで、嬉しいです」


 歴史オタが中世の異世界に召喚されたのだ。媚館の風俗アドバイザーの仕事云々は別として、テンションが上がるのは当然だ。


「ここでの立場は、どういうものになるんだ?」


「姫である私の私的顧問という形になります」


 そういうと、エリス姫はマイヤ事務官から剣を受け取ると、俺の肩に当てた。


 先ほどまでとはうってかわった真剣な眼差しの姫。鞘に納められたままではあったが、一瞬だけだが、このまま首をはねられるのでは? などという考えが頭をよぎる。


「略式ですが、貴族の資格をイクオ様に与えます。階級は男爵となります」


 再び柔らかな表情に戻り、微笑むエリス姫。


 元の世界の階級と同じなら、男爵は子爵の下にあり、最下級の貴族である騎士の上にある位のはずだ。どうでもいいが、男爵イモは、日本のとある男爵が広めた芋だから、その名がついたそうだ。


「貴族の証として、この剣をさしあげます。できればもっと高い爵位を差し上げたいのですが、功績がないままではこれが精一杯です」


「別に構わないさ」


 そういいながら、俺はエリス姫から装飾が施された剣を受け取る。


 両刃のロングソード、儀礼用のためか大きく、両手で扱う両手剣だ。


「まもなく裁縫工房になります。何かアドバイス等がございましたら、おっしゃってください」


 エリス姫の言わんとしていることは理解できた。


 元の世界の技術を、この国で役立てたいという事なのだろう。


「姫様、裁縫工房の様子が少し変です」


 馬車の外を眺めていたマイヤ事務官が報告してくる。


 俺も馬車の窓から外を眺める。確かに、多くの女たちが路上に出て、馬車を出迎える形になっている。


 ただ女たちの表情は硬い。


 歓迎してくれているわけではない様だ。  


(一体、何がおこっているのだ?)   











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