第5話 エリスティア姫と風俗国家建国秘話


「ふう。しかしとんでもない事だったな」


 雲一つない晴天を見上げながら、俺はそうつぶやいた。


 ここは馬車の中だ。窓から外の景色を眺める。


 突然の異世界召喚と、〝セイオウ〟の就任と婚約。


 セイオウが性王だとバレ、婚約破棄と事実上の追放。


 エリスティア姫がいなかったら、追放どころか、今頃処刑されていたのかもしれない、と目の前の少女を見ながら考える。

 

 目の前の席には、エリスティア姫と、男性の衣服を着た二十代半ばくらいの理知的な雰囲気の女性が、無言でこちらを見つめていた。


「関所を通過しますので、しばらく私は席を外します」


 男装の女性、マイヤ補佐官は馬車の外に出ていく。


「ようやく二人きりになれましたね。よっと」


 馬車のドアが閉まると同時に、エリスティア姫がドレスの裾を掴んだまま席を立ち、俺の横に座った。

 

 馬車の中は狭いため、自然と彼女の体が俺に密着してくる。香水だろうか、花のような香りが鼻腔を刺激する。


(近くで見ると、信じられないくらい綺麗な娘だな)


 輝くような白銀の髪に、ピンクの髪が混ざった不思議な髪型。蒼々したルビーの瞳、そして陶器のようにつややかで、瑞々しい肌。中世のお姫様が着るような、清楚さと華美さを両立したドレス。そしてわずかに露出した控えめな胸元からは、年齢不相応の大人の魅力が漂っていた。

  

「国境を越えたので、もうすぐ着きますよ。我が国は小さいですから」


「というか、どうして横に座りなおしたの?」


 彼女がわざわざ狭い俺の横に座りなおした意味が分からない。


「殿方はそういうのがお好きだと思いまして」


 無邪気に腰や胸を密着させて来る姫。まだ固いが、ドレスの布地からも弾力のある柔肌の感触が伝わる。

 少なくともこの姫は、俺の事は全く警戒していないらしい。俺を引き取った時の凛とした姿とまるで異なる、年相応の少女の表情だった。


「〝目が合っただけで妊娠する〟と、恐れられている〝性王〟の俺(泣)と触れ合って平気なの?」


「そんな心配はいりません。それに、困っている男性に〝愛〟を与えるのは、我が国の伝統ですから」


 優しくそういうと、エリスティア姫は昔話を始めた。


 彼女の国、フリージアの建国秘話だった。


「500年前、世界の5つの国に、異世界から来訪者がやってきました。彼らは神々から与えられた〝魔法〟を用い、異世界の進んだ技術を伝え、4つの国は繁栄しました。しかしこの地に訪れた5番目の男は、この世界になじむことができず、一人で引きこもっていました」


 500年前にも、似たようなことがあったのか。確かに、この世界の技術体系はどことなくチグハグに思える。


「そのことを危惧した愛の神フレイアは、巫女フリージアに命じて、男の家を訪ねさせました。そして三日三晩かけて、男に献身的に奉仕し、抱かれました」


 いきなり凄い話になったな。18禁の建国秘話ってどんなんだよ。しかし三日三晩ってすげーな。


「フリージアの誠意と献身と慈愛に、ついに男は心を開きました。男の体を開かせることによって心を開かせたのです」


 ・・・なんかおっさん臭い建国秘話だな。


「心を開いた男は神殿に多額の寄付をし、彼の魔法と技術を人々のために使うことに同意しました。そしてフリージアと共にこの地に移り住んで始祖王となり、彼女の名にちなんでフリージア王国を建国しました」


「始祖王はその魔法と技術を用い、神秘の泉を掘り当てました。

 一つは、〝浄化の泉〟あらゆる性病を治す治癒の泉です」


「せ、性病限定なのか・・・」


 すごいのかすごくないのか、よくわからんな女神フレイア。


「二つは、〝美貌の泉〟、若さと美しさを保つ神秘の泉です」


「ほう。それはすごい」


「はい。その泉を目当てに、遠くからたくさんの人々が訪れ、王国は空前の繁栄を遂げ、王都の人口は10万を超えたと言います。

 しかし200年前を境に、美貌の泉が枯れだし、100年前には完全に枯れてしまったのです」


「・・・それは、悲惨だな」


「幸い〝浄化の泉〟は枯れなかったので、残された巫女たちは、初代巫女のフリージアの例にのっとって、男たちに抱かれてその報酬を得ることで、国家を維持しようとしました」


「あ~それで〝風俗国家〟なのか」


 急に出てきた風俗要素。

 

 カチュア姫たちがエリスティア姫の祖国を〝風俗国家〟といって見下していた理由がそれか。


「しかし彼女たちの努力だけでは、国家を維持できません。

 そこで王国の可憐なる姫エリスティアは、異世界から〝性王〟様に来ていただき、王国の再建の協力をお願いすることにしたのです」


 さらりと自分の事を〝可憐〟とか言っちゃったな。まあ本当に可憐だからいいんだけど。

 

「必要と言われてもねえ、具体的に何をすればいいのかわからない」


 俺の〝性王〟(風俗王)は、ただのあだ名にすぎない。


「媚館で働く娘たちのアドバイザーとなっていただくだけでよいのです。もちろん、〝実技〟を仕込んでいただくことも歓迎しますが・・・」


「じ、実技・・・」


「具体的な内容については後でご説明しますが、きっとセイオウ様にとってもとても楽しい事になると思いますよ」


「う~ん」


 いきなりの異世界召喚から、婚約破棄と追放。さらに娼館の指南役、か。いろいろと話が早すぎて頭がいっぱいだ。


「帰る手段はないんだな?」


「ございません。少なくとも、わたくしは存じ上げません」


 となると、この世界でしばらくは生きていかなければならない。選択の余地はなかった。


「よろしく頼む、エリスティア姫」


「はい、よろこんで。あとわたくしのことはエリスと呼んでください」


「エリス姫か・・・」


「呼び捨てで結構ですよ、〝お兄様〟」


「!?」


 突然のお兄さん呼び。


 この娘は実は、俺の生き別れた〝妹〟だったりするのだろうか?


 エリスは仲の良い兄妹の様に、腕に抱きついてくる。


「それとも〝お兄ちゃん〟と呼ばれる方がお好きですか?」


「なんで〝お兄ちゃん〟なんだ? 実は俺はエリス姫の兄だったりするのか?」


 突然明かされる事実。


「いいえ。でも、異世界の男性は、女性にこう呼ばれるのが好きだと聞いたことがあるので・・・」


 なんだ、つまり〝妹ごっこ〟ということか。


 この姫は、どっからそういう情報を仕入れたんだろう。とりあえず兄妹ではないらしい。


「それとも〝先生〟と呼ばれる方がお好きですか? センセ・・・」


 今度は教師と女子生徒のシチュエーションらしく、色っぽい仕草で上目遣いに見上げてくる。


「・・・俺は先生でもないぞ」


「でも、我が国の娘たちを〝性教育〟してくれる方ですから、〝先生〟でもいいと思います」


「・・・う、う~む」


 せ、性教育か。


「では〝ご主人様〟とお呼びしましょうか。我が国の娘たちを〝調教〟してくださる方ですから・・・」


「うっ・・・」


 甘えるような仕草と、可憐な唇から告げられた過激な単語。


 それは電流の様に俺の全身を駆け巡り、俺は石のように固まってしまう。


「異世界の殿方はこう呼ばれるのがお好きなんですよね? ご主人様」


 だから一体どんな資料から得た情報なのだろう。


「・・・ソノ名デヨブデナイ」


「なんかロボットみたいな口調で面白いので、〝ご主人様〟とお呼びすることにしますね」


 なぜロボットという単語を知っている?


 いかん、俺の胸の奥で、何か熱いものがこみ上げてくる。


「ヤメルンダ・・・」


「〝ご主人様〟。娼館の娘たちの教育、ではなくて調教を、お願いしますね」  


 エリス姫の笑顔に、俺の胸の中で熱いものがさらに大きくなり──

 

 ついにはじけてしまった。



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