第4話 下品だと婚約破棄され追放。そこを姫に救われる。
「大変申し上げにくいのですが、陛下。この者は〝聖王〟ではなく〝性の王〟、つまり〝風俗王〟という意味での〝セイオウ〟の様です」
衝撃的な魔術師の言葉に、国王は一瞬フリーズしたあと、
「ちぇえええええええんんじじゃ!! 性王なぞいるか!!」
宮廷中に届きそうな大声で、怒声を発した。
「ひいいいいいいい!」
先ほどまで俺にあたたかい眼差しをくれていたメイドの女たちが、悲鳴をあげながら雲の子を散らすように俺から離れる。
「目を合わせちゃだめよ、妊娠するわよ!」
「ぎゃああああああ!」
さらにある女官が、ひどいことをいう。
阿鼻叫喚のパニックになる女たち。
もちろん、そんな能力は俺にはない。
だが王様も男の側近たちも、氷の様な冷たい視線を俺に向けていた。
何なのこの羞恥プレイ。
(つーか勝手に召喚しておいて、ひどくない?)
俺としても、身勝手な話だ。勝手に召喚され、勘違いで期待され、失望と嘲笑を向けられる。おまけに、帰る手段すらないという。
あと、〝風俗王〟と言われたが、俺はそんなに風俗に詳しいわけではない。
どちらかというと、歴史や軍事オタに近い、まあその二つと風俗は、切っても切れない関係にあるので、普通の人よりは詳しいかもしれないが。
ただ他に特徴のない陰キャだったので、生応(イクオ)という名前を音読みされ、〝セイオウ〟、次いで〝風俗王〟というあだ名をつけられてしまっただけだ。
みんなも変なあだ名をつけられないように、気を付けよう。
「コホン、わたくしの婚約者殿が、〝聖王〟ではなく〝性王〟など、何という事なのでしょう」
あまりの事態に、カチュア姫が口を開く。
「父上、どうなさるおつもりですか? こんな汚らわしい者と、結婚などできません。婚約は、たった今は破棄いたします」
一方的に結んだ婚約を、さらに一方的に破棄する姫。
「ふむ」
考え込む王様。
「わたくしを愚弄した罪は重いです。ついでに処刑してください」
(処刑!? 俺を殺す気か!? とんでもないことを言い出す姫だ。しかも〝ついで〟ってなんだよ!)
「姫。処刑はさすがにやりすぎではないか?」
「父上、五大国に割り当てられた召喚枠は、それぞれ一人ずつ。この者を処刑しなければ、別の来訪者様を召喚することができません」
「しかし陛下、腐っても異世界からの来訪者様です。魔法も、何か使い道があるやもしれません」
側近と思しき中年の男が、王様に讒言する。身なりからして大臣の様だ。
「こんな汚らわしい魔法、使い道なんてあるわけありませんわ! 首をはねましょう、父上」
「陛下。来訪者様を処刑すれば 諸外国が何というか・・・
あの魔法も、例えば娼館でなら使い道があるやもしれませんし」
「あえりえないですわ。そもそも娼館などという汚らわしい施設自体、我が国には違法のものです。このようなものを受け入れれば、我が国の風紀が乱れます。父上」
あくまで俺の処刑を主張するカチュア姫と、利用すべきという意見を述べる大臣。
「このままでは〝元・婚約者〟であるわたくしの名誉にも傷がつきます。ご決断を、父上」
勝手に召喚しておいて、名誉とかひどい話だ。
「・・・そう、じゃのう・・・しかし・・・」
迷う王様。
このままではこの王様は、姫の意見を採用しそうな気がする。
つまり殺されてしまうだろう。
死ぬのか。
実感はわかない。だが、何とかしなければいけないことだけは理解できた。
「──では、我が国でお預かりするというのはいかがでしょうか? 国王陛下」
よく通る美しい女の声が響く。
清楚さと華麗さを両立させた美しいドレスを着た、銀髪にピンクの髪が混ざった不思議な髪色を持つ美しい少女。
年齢は十代後半だろうか、ただこちらを見つめる凛とした瞳だけは、年齢不相応の大人びたものを感じさせた。
「属国の姫が、分をわきまえなさい! エリスティア」
カチュア王女が、声を荒らげてたしなめる。
だがエリスティアと呼ばれた少女は、全く意に介した素振りは見せず、話を続ける。
「国王陛下、こちらの〝セイオウ〟様を、我がフリージア王国で受け入れるというのは、いかがでしょうか?」
「良い考えだと思います、陛下。衰えても五大国の筆頭国。来訪者様を受け入れる資格がございますし、かの国に押し付ければ我が国の召喚枠が余ります」
大臣がすかさず賛同の意を述べる。
「娼館が合法のかの国なら、汚らわしい〝性王〟の魔法も役立つかもしれません。駐屯費も延滞しておりまし、かの国の娼館産業が盛んになれば、我が国への資金の支払いも安定するでしょう」
「ふむう」
「それに、あのような汚らわしいだけの魔法、万が一敵に回しても脅威ではございません。〝風俗国家〟に〝性王〟、ぴったりの組み合わせだと考えます」
大臣の言葉に、王様は無言でうなづきならがも、隣のカチュア姫の顔色をうかがうようにみつめる。
「ふふ、確かに汚らわしい国には汚らわしい来訪者様がお似合いですわね」
大臣の言葉がおかしかったのか、カチュア姫はあざけりの笑みを浮かべる。それは肯定の意と、解釈することもできた。
「では、我が国の枠を使い〝セイオウ〟様を受け入れるという形で、よろしいでしょうか。陛下?」
すかさずエリスティア姫が、国王に承諾を求める。
「ふむ。それがよかろう」
ついに決断する国王。どうやら殺されずには済んだ様だ。
「エリスティア、セイオウ様を受け入れた以上、我が国への駐屯費はしっかりと納めるように。いくら貧しいからと言って、これ以上の滞納は許しません事よ!?」
「はい。提案を受け入れていただき感謝いたします」
カチュア姫が発した厳しい言葉。それに対しても、エリスティア姫は意に介さない表情で謝意を述べる。
「いやあ、一件落着でよかったですなあ」
「風俗国家に風俗王、まさにぴったりの組み合わせでございます。さすがは陛下」
「エリスティア姫もお年頃。セイオウ様に、手取り足取り、いろいろと教えていただければよろしいかと」
「〝腰取り〟のほうも、しっかり教えていただければ、なおよろしいかと」
「はは、それは良い。結構なことです」
事態の推移を見守っていた側近たちは、次々と声をあげる。嘲りの声は次第に大きくなり、下品な嘲笑になって、謁見の魔全体を包む。
つられて笑う国王と、カチュア姫。
その中でエリスティア姫だけが無言で、美しい瞳で俺だけをまっすぐに見つめていた。
目的の獲物を狩ることができた、狩人の瞳の様に俺には思えた。
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