第6話

 数年後、僕はもうずいぶん大人になった。


 この前などは父様に裸踊りに連れて行ってもらった。

 本当はまだ一年ほど許可が下りるには早い歳だったのだけど、僕はずいぶん背が伸びた所為で大人びて見えたのだろう、誰も疑ったりしなかった。


 始めて見る女の裸は、なぜかそれほど楽しいものではなかった。

 どんなに興奮するかと思ったが、あまりどきどきしなかった。


 進学すると、自然と女友達もできた。

 同じ学校に通う娘たちで、そのうちに両親に隠れて何人かとは逢引を重ねるようになった。

 時代はちょうど恋愛至上主義の真っ只中で、誰もが恋愛しようと躍起だったのだ。


 そのうちに、初めて女友達と手を繋いでみた。

 手を繋ぐときには、もう何がなんだかわからないほどどきどきしたけれど、本当に好きな女ができたときには、きっともっと嬉しかろうと思った。


 そして、ある時、ある娘と口づけしてみようと言う話になった。

 その娘はまだ口づけをした事がなくて、一度体験してみたいと言ってきたのだ。

 いいも悪いもなく、もちろん僕は二つ返事で賛成した。


 二人で人目を忍び、暗いところへ向かうと、僕はその娘に接吻しようと顔を近づけたが、目を閉じた娘の顔と唇を見たとたん、どういうわけかそんな気は失せてしまった。


 僕はいきなり悲しくなって、切なくなって、驚く娘の目の前でボロボロと涙を流した。

 一瞬なぜ僕が泣いているのか自分でもわからなかったが、しばらくすると昔、夏の夜店の裏で少女と接吻したことを思い出して、胸が苦しくてたまらなくなった。


 ――――ああ、好きだったんだ。


 胸のうちからそんな言葉があふれ出てきて、僕は泣いた。

 僕はもう顔も思い出せなくなった娘のことが恋しくなった。

 そしてサツキという名の少女の純真さを思い出すと、もうどうしても本当には好きではない目の前の娘に接吻することが出来なかった。


 僕は泣くことを止めることができないまま、驚いておろおろする娘の目の前で、もう一生会うこともない、顔も忘れた初恋の人を想いつづけた。


〈完〉

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