早とちりだったのを謝っても、君の感情を優先する喋り方には疲れたよ。

エリー.ファー

早とちりだったのを謝っても、君の感情を優先する喋り方には疲れたよ。

 静かな喫茶店。

 しかし。

 言葉は激しく。

 外は大雨であった。

 テーブルの上のプリンに言葉は理解できないが、その身を僅かに震わせることで相槌を打っているようにも見える。

 誰の視点の言葉なのか。

 誰の視点によって正義を掲げることのできる会話なのか。

 分からない。

 僕には分からない。

「でもさぁっ。あたしは、ちゃんと考えてやってたじゃんっ。でもっ、そっちが、ちゃんと考えなかったわけじゃんっ。ねぇっ、そうでしょ。そういうことじゃんっ」

 僕と彼女の関係には危機が訪れている。

 これがただの危機になるのか。

 危機一髪になるのか。

 それは、ここから先の会話にかかっている。

 愛なんて、そんなものではないか。

 その瞬間の本音が何なのかなど意味もない。

 聞くことのできた情報。

 見ることのできた情報。

 得ることのできた情報。

 それだけがすべてではないか。

 つまり。

 ここを乗り切ってしまえばいいということだ。

「まず、僕が言いたいのはね」

「何よっ」

「君の早とちりによって、こんな喧嘩になったわけだろ」

「そうだよっ。だからっ、あたしはっ、謝ってるじゃんっ。あたしが悪かったってっ、ただの早とちりだったからごめんねって、言ってるじゃんっ」

 その言い方は、もはや謝罪とは言えないが別になんだっていいのだ。

 重要なのは。

「早とちりだったのを謝っても、君の感情を優先する喋り方には疲れたよ」

 このことなのだ。

「は。何それ、あたしが悪いってことっ。ねぇっ。そういうことっ、ねぇっ」

「君が早とちりをしなかったら問題は起きていないし、これまでの関係で信頼が築けていれば僕も君の早とちりを許容できていた」

「そうっ、だからっ。ちゃんとした関係をあたしと一緒に作ることができなかったっ、あんたのせいでしょっ、あんたが悪いんでしょっ。あたしが早とちりをしちゃう程、寂しい思いをしてるってことに、あんたは気付けなかったってことでしょっ。ほらっ、あんたの問題でしょっ」

「そう、それが早とちりかもしれない」

 僕は姿勢を正した。

 彼女は口を閉じて同じように姿勢を正してから、また口を少しだけ開けて僕を睨んだ。

 何度も見た癖だ。

 僕は彼女のことが好きだ。

 厳密に言えば、好きということにしておきたい。

 現状、彼女がいないよりも、いる方が非常に都合が良い。

 そして、彼女を愛していないよりも、愛している方が自分にとって都合が良い。

 面倒なことは割と好きだ。

 今後、別れるとしても彼女は僕に悪影響を与えてくる存在になりかねないのだから、不都合な要素は排除しておきたい。

 もちろん、そんな彼女を不都合な要素にしてしまったのは彼氏側の責任だ、という言葉が飛んでくるだろうから言葉には出さない。心の中にとどめておくだけである。

 というか、どんなタイミングであれ彼氏にそんな気の使わせ方をしている時点で、既に関係が終わっているということが何故分からないのだろうか。

「本当に君の早とちりだったのかなぁ」

「はっ、何言ってんのっ、あんたっ」

「いや、早とちりじゃないよね。これって、心配だよね」

「えっ、あっ、あのっ」

「心配だよね。間違えてるよね」

「まずっ、あんたが浮気をしてる感じがあったから」

「それで僕に怒ったわけだけど、それって僕に、もう嫌われてるかもしれないって思ったんでしょ。愛が冷めてるんじゃないか、とか。他に女ができていて自分は蔑ろにされているんじゃないかって考えちゃったんでしょ」

「まぁ、そう」

「その感情は、もはや早とちりじゃないよね。だって、浮気されたら普通はそう思うよ。だから、とっても正しいよ」

「そうっ、そうっ、あたしが怒ったのは正しいのっ」

「そうだよ。だから、これは早とちりじゃなくて、君から僕への心配だよね。だとしたら、実際は浮気なんてしていなかったんだし、僕は君のことが大好きだし、心配なんてしないで欲しい。正直な話をすると、早とちりをされるのは迷惑だけど、僕への心配だったら逆に嬉しいよ」

「ぎゃ、逆に」

「そう、逆に嬉しい。だって、それだけ僕のことを大切に思ってくれてるってことでしょ。じゃあ僕も、君を大切に思ってるって、これからはちゃんと口に出して伝えるね」

「うん、まぁ、それならいいけど」

「良かった」

 それならいい、と言っているのだからこれで解決である。

 これもまた、早とちり、である可能性はあるものの、心配、するにはまだ早い。

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