ウェーイ!平民恋物語!
かわいさん
第1話
恋愛には勝者と敗者が存在する。
勝者とは恋を成就させた者。
敗者とは恋に破れし者。
とても単純で、勝敗がわかりやすい。様々な駆け引きやテクニックはあれど、結局のところ重要なのは結果である。
俺――
身長と体重は全国平均。テストの点数はクラスの平均点。運動神経は人並み程度で、顔はイケメンではないけどブサメンでもない。性格はまじめと褒められるが、面白味がないと言われたりもする。
自分を卑下しているわけではないし、過大評価もしていない。
そう、俺はどこを取っても平均そこそこでパッとしない奴だ。まじめだけが取り柄の退屈でつまらない男子。
スペックと名前から”平民”とあだ名を付けられた。
馬鹿にされているようで最初はイラっとしたが、いつしか自分でも似合っているのではないかと思うようになった。
そんな平民は中学二年生の春に恋をして、秋に失恋を経験した。
相手は
容姿端麗、頭脳明晰、品行方正、おまけに社長令嬢という完全無欠の女子生徒だ。学校中の男子を虜にしており、スクールカーストの頂点に君臨している。
スペックと名前から”姫”と呼ばれている。
春姫は俺にとって幼なじみだ。母親同士が友達という定番の関係であり、家もそれほど離れていないので子供の頃からよく遊んでいた。
「大きくなったら結婚しようね」
「うん」
みたいなベタな約束をした記憶もあったりする。
中学生になると部活が始まって疎遠気味になっていたが、二年生になって同じクラスになったのをきっかけに再び話すようになった。そこで自分が春姫を好きなのだと気付いた。
恋心を自覚してからは猛アタックの日々だった。
しかし、古来から姫の相手を務めるのは王子の役目である。残念ながら王子は俺ではない。
王子の名は
俺の親友にして、もう一人の幼なじみでもある完全無欠のイケメンだ。整った顔立ち、高身長、成績優秀、運動神経抜群、神が設定をバグったとしか思えないハイスペック男である。性格は温和で、誰に対しても優しいという完璧っぷりだ。
白馬という名前から「白馬に乗った王子様みたい」と女子が言い出した。それからあだ名が”王子”となった。
ある日、春姫と白馬がデートしている場面を目撃してしまった。二人きりで楽しそうにショッピングする姿に声を掛けられなかった。
「姫と王子って付き合ってるらしいよ」
「やっぱりかぁ。この間も二人でショッピングしてたんだってさ」
「ベストカップルだよね。まっ、相手が姫ならしょうがないか」
女子達の噂話を聞いたのはそれから数日後のことだ。
中学二年生の秋、俺は告白という名の勝負もしないまま敗者となった。
ショックだったのは交際している事実を打ち明けてくれなかったことだ。失恋のダメージは受けるが、相手が親友の白馬なら祝福しただろう。
付き合っているという噂が流れた後も以前と変わらなかった。これまでと変わらず接してくれるし、遊ぶ時は誘ってくれた。
多分、気を使ってくれたのだろう。
その優しさが辛かった。どうせなら交際宣言して堂々と目の前でイチャイチャして欲しかった。
一番辛かったのはイチャイチャできない原因が俺って点だ。勝者が敗者に気を使い、勝者らしく振る舞えないのはガマンできなかった。
中学二年生の冬、敗者は黙って転校した。
幼なじみなので家は知られている。ただの転校では意味がない。昔から遊びに連れていってくれた伯父の家に転がり込むことにした。
転校の手続きは面倒だったが、これも敗者としての務めだ。ここまでやる必要はないと思ったが、ケジメとして連絡手段も断った。
あいつ等はきっと怒っているだろう。
でも、これでいい。負け犬に情けなど不要である。
◇
新天地で生活を始めた俺は敗北の理由について考えた。
熟考の末に二つの敗因が浮かび上がった。
一つ目は単純に男としての魅力が足りなかったから。
これはもう簡単である。勉強も運動も普通、おまけにフツメンでは女子にモテるわけがない。せめて人に誇れる部分がなければ厳しい。
二つ目は高嶺の花を狙いすぎたから。
平民が姫を狙ったのはさすがに現実が見えていなかった。
厳密にはライバルである白馬が強すぎるというのもあったが、仮に相手が白馬でなかったとしても結果は変わらなかっただろう。
敗北から学ばないのは愚者だ。
今後の為にもこの敗北から学びを得なければならない。
一つ目の理由である男としての魅力は対策できる。勉強に力を入れたり、運動したり、おしゃれをして自分磨きを行う。
問題は二つ目だ。
姫狙いはさすがに無茶だったが、それでも可愛い彼女が欲しいと望むのが男って生き物である。あえて身分制度を出すのなら貴族令嬢くらいの彼女が欲しい。
平民が貴族令嬢と付き合うにはどうすればいい?
「……そうだ、商人になろう」
大商人になれば貴族と婚姻を結ぶことも可能である。単なる平民には無理でも、大成功した商人ならば貴族とも釣り合う。資金援助を名目に貴族令嬢と結婚した商人もいたらしい。王族にお金を渡して貴族になった商人も存在する。
要するに天然イケメンは無理だけど、養殖イケメンを目指すわけだ。
そこで俺が着目したのはチャラ男だ。
何故チャラ男なのかって?
世間的にチャラ男といえば悪いイメージがある。彼氏がいる女を寝取ったり、迷惑を考えずナンパしまくったり、二股とか三股をしたりするクズである。
だがしかし、冷静になってほしい。
他人の女を寝取ったり、二股や三股を出来るってことはチャラ男はモテるという証明である。雑誌やらネットの情報で確認すると女性は積極的に動く男性のほうが好きらしい。
俺に足りなかったのはこの積極性と強引さだ。
まじめなだけでは女の子は刺激不足になっちまう。
ここでポイントになるのは俺が転がり込んだ家だ。伯父は独身であり、いつも女をとっかえひっかえしているチャラおじさんだった。
「お願いだ、弟子にしてくれっ!」
伯父に頭を下げ、弟子入りした。
目指すべき人物像は定まった。チャラ男であり、商人でもある存在。
「チャラ商人に、俺はなる!!」
それからは厳しい修行の日々だった。
いつも心に「努力・根性・ウェーイ」の精神を忘れずに過ごした。勉強に力を入れ、肉体を鍛え、チャラ男らしさを磨いた。
勉強するのは魅力アップだけが目的ではない。女子はギャップに弱いとネットの記事で見かけた。チャラ男が進学校に通うとかギャップがあっていい。
運動もした。勉強が出来るチャラ男で、しかも運動が出来るとかモテないわけがない。これもある意味ではギャップだ。走り込みに筋トレは欠かさない。
無論、チャラ修行も怠らない。
ただし、人間相手に修行はしなかった。中学時代は修行の日々と位置づけ、高校デビューを目指して研鑽を重ねることにした。
「君かわうぃーね!」
猫は無言でこっちを見つめている。
「しくよろでーす!」
カラスは糞を落としてきた。
「ウェーイ!」
犬はブチ切れて追いかけてきた。
様々な苦難はあったが、平民はチャラ商人を目指して努力した。それはもう一心不乱に努力した。
その間、実家からは何度も連絡がきた。どうやら春姫と白馬が何度も家に押し掛けてきたらしい。
「どうして勝手にいなくなったの?」
「噂は全然真実じゃないから」
「買い物は俺に渡す誕生日プレゼントを探していただけ」
「どこにいるのか教えて」
「せめて連絡先だけでも教えてほしい」
等々、残していったらしい。
特に春姫のほうは必死だったと母から聞かされた。
その話を聞いて少し揺らいだが、あのまま平民として生活して過ごしていたらいずれは無残な敗北をしていただろう。俺に魅力がなかったのは事実だし。
今の俺に重要なのは自分を高めることだ。
後ろ髪を引かれつつも、チャラ商人を目指して頑張った。
◇
――時間は流れ、迎えた高校入学。
俺は近所でも有名な進学校に入学した。ここを選択したのは校則が緩いからだ。髪の毛も自由だし、ピアスも禁止されていない。
春休みに外見を一新した。
髪の毛を茶色に染め、ピアスを装備した。
鏡に映る自分の姿はかつての平民ではなかった。そこに居たのは、いかにも他人の彼女を寝取りそうなチャラ男だった。
ただのチャラ男じゃない。勉強もそこそこできるし、運動だって出来るハイスペックなチャラ男である。さらに言えばギャップ萌えを狙い、最近では料理の勉強とかも始めちゃった家庭的なチャラ男である。
もう単なる平民とは言わせない。今の俺は立派な商人だ。
「ウェーイ!」
チャラ商人はここに完成した。
これで満足してはいけない。
ようやく下地を整えたところだ。ここから先の生活で重要なのは資産を蓄えること。貴族令嬢を堕とすには資産がなければいけない。
この場合の資産とは好感度やクラスでの立ち位置などを指す。要するにモテるための要素みたいなものだ。そもそも学校生活で重視される要素は「容姿、成績、運動神経、コミュニケーション能力」だ。カースト上位勢はこれらの要素を自然に備えている。
チャラ商人となった俺の容姿は多分まともになっている。
成績だってグッと上がっているし、運動のほうも依然とは比べ物にならないだろう。コミュニケーション能力も磨いてきたので自信がある。
後はカースト上位のグループに入り、自分の魅力をアピールするだけ。
周囲からの視線を浴びながら教室に到着した。前の席には既に男子生徒が座っていた。その隣には女子生徒が座っている。
「……」
「……」
内容は聞こえなかったが、目の前の男女は会話していた。
知り合いなのか?
もしかして、付き合ってるとか?
それなら話は早い。入学直後に付き合ってるとか上位カースト確定だ。この二人と仲良くすれば俺の高校生活も安泰だな。
高鳴る鼓動を抑えながら席に向かい、前の席に座る男女に声を掛ける。
「ウェーイ! よろしく!」
俺は新しい一歩を踏み出した。
――拝啓。柊春姫様、御剣白馬様。
いつか必ず素敵な彼女を作って報告に行くよ。春姫と白馬はお似合いだし、そろそろ交際を始めた頃かもしれないな。いつか俺に彼女が出来たらダブルデートにでも行こう。いやまあ、その前に土下座謝罪してからだな。連絡先すら教えなかったのは今でもやりすぎだと反省している。もしかしたら天罰ってのが下るかもしれないな。
でも、おまえ等なら笑って許してくれるだろ?
土下座しながら高級アイスでも奢れば春姫は「しょうがない。今回だけだよ?」とか言いながら許してくれるだろう。
白馬のほうは「立ってくれ。再会できてうれしいよ」と太陽のような笑顔を浮かべて許してくれるだろう。あいつは良い奴だからな。
そうして仲直りした後、貴族令嬢の彼女を紹介する。
完璧なプランだ。
頭の中で思い描く輝かしい未来のためにも俺はここで資産を積み上げる。破産とか絶対にしない。必ず成り上がり、おまえ達の前に再び姿を現すと約束する。
いつか来るその時に、また会おう――
平民恋物語第一章「無残、平民敗北編」は終わった。
そして、物語は第二章「チャラ商人の成り上がり編」に突入する。
さあ、新しい生活はここから始まるんだ。
……
…………
前の席の男女が振り返った。
「柊春姫だよ。よろしくね」
「御剣白馬だ。よろしく」
……ウェーイ?
チャラ商人は破産した。
ウェーイ!平民恋物語! かわいさん @kawaisan
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