第59話 玉入れ

 体育祭が始まってから一時間くらいが過ぎた。4種目は玉入れだ。

 文字通り手のひらサイズの玉をカゴに放り投げて入った数を競うお手軽競技だ。

 ただ一つ。音楽の流れている間は踊らなければならいというルールがある。とても恥ずかしい。

 けれどそこさえ我慢すれば実に楽なのだが、


 「おい、踊れよ」

 「うるさい」


 グラウンドに描かれた円の隅。吉野は控えめに踊っている俺を見もせずに答える。

 一向に踊りだす気配のない堂々とした佇まいからは、絶対に踊らないという強固な意志を感じる。


 「はぁ、サボるならせめて俺から離れてくれ。仲間だと思われるだろ」

 「怒られるときは一緒だ」


 ふざけんな。

 俺は下に落ちている玉を拾って投げながら、別の場所に移動する。


 「入らないな」

 「まだ一球も入ってないな。下手くそ」

 「本調子じゃないだけだ。てか、ついてくるなよ」


 再び音楽が流れだし踊り始める俺の隣。距離を取ったはずの吉野がしれっと並んでいる。


 「よく見たらダンスも下手だな。ワカメみたいだ」


 にやにやとバカにするように目を細める吉野。ウザイ。

 誰だってこんなもんだろ。


 「何か俺に用でもあるのか? からかいに来てるだけなら本気で先生に突き出すぞ」

 「……学校来るようになったけど、佳乃と仲直りしたのか?」


 俺の反応を伺うように、吉野はちらちらと見上げてくる。

 なんだそんなことか。部室じゃ気を遣ってか誰も話題に上げなかったしな。


 「まあ姉さんとはちゃんと話して解決したよ。そのせいか前よりも厄介になったけどな」

 「仲がいいのはいいことだ。大切だからな家族は」

 「そうだな……」


 いつも通りの抑揚のない声音。表情も長い髪に隠れてわからなかったが、かすかに見えた口元は笑っていた。

 交流会の時に部長と似たような状況を経験した吉野には、余計に心配をかけたかもしれないな。

 それはそうと踊れよ。

 音楽が止まったのを確認した俺はこっそりと移動を始める。


「あの、丸口さん少しいいですか」


 玉を拾い集めている俺の頭上から声がかかる。顔を上げればそこには予想通り茅野の姿があった。


 「いいけど、どうしたの?」

 「できれば二人きりでお話したいです」


 言いながら視線を俺の後ろに向ける茅野。つられて俺も振り向く。


 「おい、ついてくるなよ」

 「怒られるのは嫌だ」

 「……じゃ、俺は茅野さんと行くから頑張れよ」


 踵を返して歩き出そうとした、俺のジャージが引っ張られる。


 「おい……」

 「みなちゃん。少しだけ丸口さんをお借りしてもいいですか?」

 「だめ……勝手にしろ」


 何を思ったのかパッとあっさり手を離した吉野。

 少し不思議には思ったが、そのまま茅野と端の方へ移動する。


 「それで話って?」

 「……えっと、もうすぐ夏休みですね」

 「そうだな」


 なんだろう既視感があるな。……まさか宿題案件か?

 俺は覚悟を決めながら続く言葉を待つ。


 「今年も荒川で花火大会やるらしいですね」

 「みたいだな。行くなら人多いから気を付けた方がいいぞ」


 姉さんに無理やり連れてかれた去年は、あまりの人の多さに迷子になりかけたからな。


 「丸口さんは行かないんですか?」

 「今年はパスかな。人混み苦手だし」

 「せっかくの夏休みなのにもったいないですよ」

 「俺は俺で夏休みを満喫するから大丈夫だぞ」


 ソシャゲのイベントやら溜まっているアニメにラノベを消費するので忙しいし。


 「……で、何か話があるんだろ?」

 「そ、そういえば夏休み中って部活はあるんですかね」

 「部長に聞かないとわからないけど、話って?」


 言い出しづらいことなのかモジモジと黙り込む茅野。


 「ないようなら俺、行くけど」

 「まっ、待ってください‼」


 予想外の大声にびくりと肩が震える。茅野の表情はやけに真剣だ。

 流れる深刻そうな雰囲気に自然と緊張が湧き上がってくる。


 「……体育祭が終わった後に伝えたいことがあります!」


 ゆでだこのように真っ赤に染まった顔の茅野。

 ピィィーと競技の終わりを告げるホイッスルの音。


 「……わかった」

 「あの、それじゃまた後で……」


 それだけ言い残すと、茅野は勢いよく走り去っていった。

 ……伝えたいことってなんだ?

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