第60話 お昼

 玉入れに続いて参加した綱引きも終わり、お昼休憩となった。ちなみに綱引きは負けた。

 今日は体育祭のためか昼食の場所は自由にしていいとアナウンスがあり、俺も普段とは違う場所で食べようかなと部室にやってきていた。


 「……誰もいないし、静かで涼しいな」


 俺は長机に弁当箱を置き、椅子へと腰を下ろしながら一人ごちる。

 早速食べようと蓋を開けてみれば中のおかずは好物ばかり。控えめに言って最高だ。

 どれから手を付けようか迷っていると、ガラリと音を立てて部室の扉が開いた。


  「お昼、食べるわよ」


 部室に入ってきたのは、ジャージ姿の姉さんだ。

 さっき見た時は体操着だったはずだが、今はサイズの合っていないジャージを羽織っている。

 左胸に刺繍された丸口の名字に、袖に通した腕は長さが足りずに萌え袖になっている。

 ……このジャージ、俺のやつだな。


 「姉さん、どうしてここに?」


 姉さんは俺の対面に座ると、長机に置いた自分の弁当箱を開きだした。


 「さ、食べるわよ。いただきます」

 「えっ、あ。いただきます……って、ここ部室なんだけどなぜ?」

 「私はお姉ちゃんよ。あんたの居場所がわからないわけないでしょ」

 「いや、そういうことじゃないんだけど……」

 「あんたとの体育祭は最初で最後なんだから、いいでしょこれくらい」

 最初で最後……。それなら仕方ないか。

 「……にしても今日はやけに豪勢だけど、作るの大変だったでしょ」

 「ママにも手伝ってもらったしそうでもないわ」

 へぇ、母さんの手も入ってるのか、珍しいな。玉子焼きとかかな。

 「……ママが作ったおかずは二つあるのよね。どれか当ててみなさいよ」

 「えっ⁈ そんな無茶な」

 父さんが作ったのとかなら自信はあるけど、母さんとなると難しいどころの話じゃない。

 姉さんに料理を教えたのは母さんだし、味付けとかすごく似ている。


 「ちなみに当たったら、今日の夜はママが作ってくれることになってるから」


 俺は気合いを入れ直してじっくりおかずを吟味する。

 品目は全部で5種。から揚げ・きんぴらごぼう・玉子焼き・ささみ巻きチーズ・きゅうりとナスの塩揉み。

 それぞれ一口ずつ食べてみるが、わかりやすい味の変化などはなかった。


 「……なにかヒントとかないの?」

 「食べればわかるんだからあるわけないでしょ」

 「鬼畜すぎる」


 俺は弁当箱へ視線を落とし、改めて思案する。


 「玉子焼きかな」

 「ハズレよ。後、二回ね」


 言いながら、ジト目で圧をかけてくる姉さん。


 「じゃあきゅう──」


 当てずっぽうで答えようとした俺の目に、一層鋭さをました姉さんの顔が映る。


 「ささ……から揚げかな」

 「正解」


 どうやら当たったらしい。となると最後は。


 「きんぴらごぼうか」

 「正解。やればできるじゃない」

 「まっまあ、わかりやすかったよ」


 味は全くわからなかったけど、姉さんの表情に救われた。なにはともあれ久しぶりに母さんのご飯が食べられそうで良かった。

 と、結果を伝えるためかスマホを操作していた姉さんは、何かを思い出したように声を上げた。


 「そういえば、二人三脚。あんたには私とは別に茅野とかいう子とも走ってもらうから」


 へー、……は? 俺は慌てて聞き返す。


 「え、俺が茅野さんと走るとか冗談だよね?」

 「そんなわけないでしょ。実行委員長に無理言って入れてもらったから頑張りなさい」

 「いやいや、意味わからないって。そんな勝手に決められても練習だってしてないし。そもそも茅野さんは知ってるの?」

 「事前に言っておいたから知ってるわよ。ちなみにあんたに拒否権はないから」


 理不尽すぎる。茅野は本当に了承したのか? 俺と一緒に走るなんて嫌だろ。それに好きな人がいるとか言ってた覚えがあるんだが。

 姉さんは渋る俺に言葉を続ける。


 「それに……これはあの子へのお詫びなのよ」

 「お詫び?」

 「ほら、イヲンとかお守りとか悪いことしたでしょ」


 あぁ……なるほど。姉さんなりに色々と考えた結果なのか。しかし、お詫びなら菓子折りとかでいい気がするが、なぜ二人三脚なんだ。

 と、姉さんは自分の弁当箱からから揚げを一つ取り、俺の方へと移す。


 「これもあげるから嫌だろうけど、お姉ちゃんのために我慢しなさい」

 「……姉さんのためなら仕方ないか」

 弟とはなんと立場の弱いことか。でも、家族なのだからしょうがない、しょうがないのだ。

 俺は諦めて、から揚げを口に入れた。

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