第57話 開幕

 ついにその日がやって来た。快晴に恵まれた青空の下俺たちの体育祭が幕を開けた。

 吹奏楽部の演奏に合わせてジャージや体操着を身にまとった生徒たちが行進して入場してくる。


 「ようやく始まったね」


 隣を歩く麻倉が笑顔で話しかけてくる。


 「なんだか元気そうだね麻倉さん。嫌いとか言ってなかったけ」

 「私はね変わったんだよ」

 「はあ」


 まためんどくさそうな事を言い出したぞ


 「少し前の私は青春イベントなんて滅べばいいって思っていたの」

 「一条に振られたからだよな」

 「……人は常に前を向いて生きていかなきゃいけないんだよ。辛い今を乗り越えた先に幸せが待ってるって書いて……気づいたんだよ」


 麻倉は自信満々に拳を握る。

 何か読んだなコイツ。


 「……えーと、じゃあ一条ともこれまで通りに戻る感じ?」

 「無理だよ」


 一瞬にして笑みが消え瞳が濁る麻倉。


 「失恋ってね、そんな簡単なものじゃないんだよ。今からでもワンちゃんあるかな」


 ないよ、前を向いていけよ。


 「まあ、とりあえず茅野たちと体育祭を楽しめばいいんじゃないか」

 「そう! 私はそれが言いたかったの。高校初の体育祭なんだし楽しまなきゃ損だよ」


 麻倉は笑顔を取り戻すと、俺を見つめてくる。


 「だから丸口くんも疲れたような顔してないで楽しもうよ」

 「そんな疲れてるように見えるか?」

 「うん。眉間にしわ寄せて、私のお父さんみたい」


 マジか……俺ってそんなに体育祭嫌だったのか。

 眉間を軽く揉んでいると、目の前の男子生徒が動きを止める。どうやら先頭が朝礼台前にたどり着いたようだ。

 俺たちは決められた通りに整列していく。


 「そうだ、最初の種目100メートル走だけど、丸口くん何組目?」

 「確か5組目だったかな」


 空を見上げて思い出すように答える。


 「勝負しようよ、勝負」

 「え? いやだけど」


 茅野といい何でそんなに勝負したがるんだ。バトルガールか。


 「順位の高かったほうが勝ちね」

 「いややら──」

 「私が勝ったら夏休みの宿題写させてよ」


 俺の制止を聞かずに、麻倉は目をキラキラと話を進めていく。

 ……もうダメだ。こういう時の麻倉は止まらないんだ。


 「はぁ、夏休みってこれからでしょ。何で今?」

 「どうせ私ギリギリまでやらないだろうし、今のうちに保険作っておこうかなって」

 「……ちなみにその勝負、俺が勝ったらどうなるんだ?」

 「私に宿題を見せる権利が与えられます」


 なめんな。


 「絶対やらないからな」

 「じゃあいつか丸口くんが困った時に相談にのってあげるよ」

 「そんな日は来ないと思うけど、勝てば害はないみたいだしそれでいいや」

 「決まりだね、楽しい夏休みになりそうだよ」


 すでに勝ち誇っている麻倉を横目に俺は吹奏楽部の奏でる演奏に耳を傾ける。

 やっぱり生だと迫力が違うな。音楽は詳しくないけど、こう湧き上がってくる気がする活力が。

 頭の悪いことを考えていると、ざわついていた空気がシンと静まり返る。前方を見れば朝礼台には体育の先生が姿を見せていた。

 開会式が始まるようだ。

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