第56話 悪かったわね
翌週の月曜日。期末テスト初日がつつがなく終了したお昼時。
「突然呼び出して悪かったわね」
腰まで伸ばした艶やかな黒髪を揺らして、丸口佳乃は声を出した。
「いえ、あの……話って何でしょう」
胸元で両手を組み不安そうな表情で、月夜は佳乃を見つめる。
「8年と349日前。イヲン五階の映画館、それが初めましてだったわね」
唐突にそう言うと、佳乃は懐から一枚の写真を取り出した。
薄暗い雰囲気のエントランスホール。亜麻色の髪に三日月の髪飾りを着けた幼い少女が隣に立つ瓜二つの顔をした少女と仲良くポップコーンを食べている。
「これって……私ですよね?」
見間違えるはずもない過去の自分を目にした月夜は、意図が分からずに眉をひそめる。
「交流会であなたと会ってすぐに気づいたわ、この時の娘だって」
裏返した写真を見つめながら、独り言のように続ける。
「運命の悪戯って怖いわね。思い出の人との再会、それだけでも奇跡なのにデートが出来るくらい仲が深まってる。フィクションの世界ならこのままゴールインよね」
「……」
自嘲気味に微笑む佳乃に、返す言葉が見つからないのか月夜は無言で時を待つ。
「だからね、とても焦ったわ。腕を組んでる姿を見て、お姉さんと呼ばれて。本当に彼方を取られたと思って手をあげた」
ぐしゃり、と写真を握りつぶす。
しばらくそのまま地面を眺めていた佳乃は、深呼吸して写真を懐に戻した。
「……彼方と仲良くしている女は今でも嫌い」
「あの、ごめ──」
「でもね、誰と仲良くしようと私に邪魔をする権利はないのよ」
謝ろうと下げかけた頭を戻して、口を閉じる月夜。
佳乃はどこか吹っ切れたように微笑む。
「そもそも所詮は友達、彼方とそれ以上の関係の私がいちいち目くじらを立てるなんて馬鹿らしいのよね。それに恋人ができるようなら、お姉ちゃんとして口を挟めばいいって気づかされたの」
「じゃあ……丸口さんと仲良くしてもいいってことですか?」
「私の許可なんて必要ないわよ」
呆気にとられたように目をぱちくりとさせる月夜に、佳乃は素っ気なく答える。
「おね……佳乃さん。ありがとうございます」
「人として当たり前のことにお礼を言うなんてあなた変わってるわね。……というか、手をあげて悪かったわね」
目線が逸れたそっぽを向きながらの素直じゃない謝罪に、月夜は笑顔で頷いた。
佳乃は気まずさを振り払うように咳ばらいを挟むと、一歩月夜に向かって足を踏み出す。
「……これ、お詫びのしるしとしてあなたにあげるわ」
そう言いながら、佳乃は懐から先ほどとは別の写真を一枚差し出した。
「あなたを撮ろうとして彼方が割り込んできた失敗の写真だけどね」
こちらを見ている幼い月夜を背にしてピースサインで笑顔を見せる彼方が写っている。
「いいんですか?」
「いらないなら捨てるだけよ」
月夜は大切に受け取ると、頬を綻ばせ大事そうに胸に抱えた。
「ありがとうございます、一生大切にします」
「別にいいわよ、あと自分への戒めとして今週末の体育祭、二人三脚の出場枠にあなたと彼方を入れ込んでおいたから……ぐっ、好きにしなさい」
「えっ……」
「私の要はこれで全部済んだからもういくわ」
早口でまくし立てるように言い終えた佳乃は、驚きのあまり固まる月夜を置き去りにして去っていった。
体育祭は目前だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます