第55話 決着
掛けるべき言葉が見つからないまま自宅に着いた俺は、カバンから鍵を取り出してガチャリとドアを開ける。
朝と変わらず、玄関には姉さんの靴が綺麗に並んでいる。
靴を脱ぎ階段を上って二階に行くが、これから夜営業が待っている両親がいるはずもなく明かりはない。
そのまま階段を上り自室のある三階へ。
適当に荷物を置いてから、向かいにある姉さんの部屋の前に立つ。
固く閉ざされたドアを目に覚悟が揺らいでいくのがわかる。自然と喉が渇き、嫌な汗が背中を伝う。
俺は切っ掛けを探すように窓から空を見上げた。夕方を象徴とする茜色も徐々に陰りを増している。
──彼方のことが好き。
二年前、姉さんから伝えれられた告白だ。
ひどく困惑したのを覚えている。
当然、姉さんの気持ちに応えることは出来ないと断った。そして約束を結んだ。
それで解決したと思っていた。
けれど姉さんの中では先送りになっていただけで、ずっと燻り続けていたのだ。
今回それが爆発した。
見誤っていたのだ、恋という感情を。目を背けていたのだ、たった一人の姉から。
俺は息を吸い込み覚悟を決め直すと、ドアをノックした。
「……姉さん」
返事はない。少しためらってからドアノブに手を伸ばすが、鍵がかかっていて開かなかった。
出来れば直接顔を合わせて話したかったけど、仕方ないか。
「姉さん。この二週間……いや、ずっとつらかったよね」
叶うはずのない恋心を抱いて、理解されない想いと一人向き合い続けてきて。
「気付けなくて気付こうとしなくてごめん。こういう時、普通は励ましや慰めの言葉を掛けるんだろうけど、今から酷いことを言うよ」
俺はこの言葉がちゃんと姉さんに聞こえるように声のトーンを上げる。
「これから先、俺と姉さんが恋人になることは絶対にない」
わかりきった現実を突きつけるようにハッキリと言い切る。
「当たり前だろ? 俺たち姉弟なんだ。でもさ、姉弟だから家族だからこそ支えて頼って助け合うことは出来る」
友達より恋人なんかよりも深い関係。
「俺と姉さんは死ぬまでずっと姉弟で家族だ。それは恋人が出来ても、自分の家庭を持つことがあっても変わらない、特別なものだと思ってる」
それぞれ別の道を歩んで、歩幅の違うペースで大人になっていっても決して変わらない。
「俺にとって姉さんは、永遠に大切で大事な自慢のお姉ちゃんだよ」
自分の想いは全て伝えた。けれど、ドアは開かない。
ダメか……まあいきなりだったし、しょうがないか。また明日。
──と、背中を向けて立ち去ろうとした時だった。
「姉さん……」
かちゃりと控えめな音と共に開いたドアから姿を見せたのは姉さんだ。
久しぶりに見た姉さんは弱々しく、髪はぼさぼさで目元にはクマが浮かんでいる。
「い、いま言ったこと……ほんと?」
「全部嘘じゃないよ」
「私は彼方のことが好きなの、異性として」
「知ってる。だから断った」
俺たちが前に進むために。
「それでも好きなのよ。諦めようとしても消えてくれないの」
「無理に我慢する必要はないよ。今まで通り不満があれば俺にぶつければいい」
「私のこと嫌いになるかもしれないわよ」
「言ったろ、俺にとって姉さんは特別だ。嫌いになんてならないよ、絶対に」
力強く言い切る俺に、姉さんは照れたように顔を背ける。
「……時間はかかるかもしれないけれど、私もこの気持ちに区切りをつけるわ」
どこか吹っ切れたように姉さんは、まっすぐに俺を見つめる。
「彼方、こっちに来なさい」
「え? ああ、うん」
言われるがまま姉さんの前に移動する俺。
すると姉さんは、俺の腰に手を回し抱き寄せると思い切り力を入れた。
「ちょっ⁉ 姉さん⁈」
「最初で最後だから、あんたもやりなさい」
姉さんはそう言って、俺の胸元に顔をうずめた。
俺は黙って背中に両手を伸ばした。
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