第54話 決意
一週間と数日が経った、金曜日の放課後。
部室の椅子にもたれかかりながら、俺はぼーっと天井を見上げる。
……あの日から姉さんが引きこもった。理由なんて考えるまでもなく、茅野と映画を観に行った事だとわかる。
部長たちから姉さんの休学を知った茅野も気にして、ずっと元気がない。
何度か話をしようと姉さんの部屋を訪ねたが、返事はなくて。あの時、茅野の言った通りに、すぐさま姉さんを追いかければよかったと後悔するばかりだ。
期末テストまで後三日。その週の週末には体育祭も控えている。後の成績に関わる期末テストが始まればさすがに学校には来るだろう。
けれど、このまま姉さんが外に出てこなかったらと嫌な考えが頭をよぎる。
と、部室の扉がガラガラと音を立てて開いた。
「部長、と茅野さん……?」
入ってきたのは赤髪が特徴の部長と茅野だった。
一人想定外の人物の登場に、俺はだらけた姿勢のまま固まる。
そんな俺を気にした様子もなく、二人は長机を挟んだ対面に腰かけた。
「部活も休みなのに呼び出して悪ぃな」
「いえ、俺の問題ですし気にしてください。ていうか茅野さんも呼んでたんですね」
神妙な面持ちの部長から視線を切り、ちらりと茅野を見やる。
姉さんのことで話がしたいと届いた、部長からのメッセージに茅野の名前はなかったはずだ。
「オレも呼ぶつもりはなかったけどよ、本人がどうしてもってな」
そう言って部長も隣へ視線を向けると、茅野は深く頭を下げた。
「ごめんなさい、丸口さん。迷惑をおかけして」
か細く今にも泣きだしそうな声の茅野。
「少し驚きはしたけど、迷惑だなんて思ってないよ」
気付いてないフリして愛想笑いを浮かべる自分に、内心で呆れる。
あの日のことは、タイミング悪く不運が重なっただけであり茅野に非は全くない。
だけど結果的に姉さんが引きこもった事実に、茅野は責任を感じて落ち込んでいる。
「あの、お姉さんは元気ですか……?」
「わからない。俺も会えてないんだ」
首を振って芳しくない返答の俺に、茅野の表情の曇りが増す。
「私が映画に行きたいって言ったせいで……ごめんなさい」
掠れた声を出しながら、茅野は俯いた。
「チゲーだろ」
茅野の懺悔を打ち消す強い言葉が零れる。部長だ。
「二人から話を聞いただけだけどよ。友達と映画を観に行ったのが悪ぃわけねーよ」
「でも……」
「でもじゃねぇー。話をせずに逃げて閉じこもってるのは佳乃が悪ぃし、それが分かった時点で丸口が向き合ってれば長引くことはなかった」
部長の正論に冷や汗が背中を伝う。
今回の件は俺たち姉弟の問題でそこに茅野は関係ない。きっと、相手が誰であろうと遅かれ早かれこうなっていた。
姉さんの気持ちを重要視していなかった俺の責任だ。
「オレの言いてぇことはわかるな? 丸口」
覚悟を問うような真剣な眼差しで俺を見据える部長。
「はい……姉さんとちゃんと話してきます」
決意が伝わるよう俺もまっすぐと部長の目を見て頷いた。
「私も一緒に連れていってほしいです。もう一度謝りたいんです」
まとまりかけた話に納得しきれていないのか、こんなことを言い出した茅野。
「気持ちは嬉しいけど、これは俺の問題なんだ」
「茅野ちゃん、こういう時はよ『頼んだぜ』って想いを託すもんだぜ」
突き放すような俺の発言をフォローするように、部長が茅野の肩をポンっと叩き笑顔を見せる。
それを見た茅野は、完全に消し切れていない不満をグッとこらえながら、
「あの、それじゃあ私の分までお願いします丸口さん」
ぺこりと頭を下げた。
茅野に無言で頷きながら俺は、今も部屋にこもっている姉さんを想う。
……何か考えがあるわけじゃない。なんて言葉を掛けたらいいかもわからない。
それでも、自分の中にある気持ちを姉さんに伝えるしかない。
もう一度、姉さんと話をしよう。これまでとこれからの。
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