第53話 解散
まずいことになった。
俺の胸中はその一言に支配されていた。
イヲン三階のゲームセンター前。俺の右腕を抱きしめている茅野。
誰が見ても誤解を招く姿を、よりにもよって一番見られたくない相手に目撃された。
「ねえ、どういうことなのか訊いてるんだけど」
落とした荷物も拾わず一際低い声音で姉さんは、一歩距離を詰めてくる。
「茅野さんと映画観に来ただけだよ」
「二人で?」
キラリと光る瞳孔が俺を射抜く。
「えっと……まぁ、そうだけど」
「デート……付き合ってないって言ってたのに、お姉ちゃんに隠れて密会してたなんて許せない」
艶やかな黒髪を揺らす姉さんの背後からドス黒いオーラが立ち昇る。
「いやいやデートじゃないって。ただのお出かけだし、そもそも恋人じゃないから」
「嘘つき。そんな見せつけるように腕を組んでて付き合ってないなんてありえないわよ」
静かに零れる言葉とは裏腹に、その様相からは確かな増悪を感じる。
「本当に何もないって、ただのクラスメイトだって。そうだよね茅野さん?」
「はい。丸口さんの言う通り、私たちまだお付き合いしてないです。だから安心してくださいお姉さん」
誤解を晴らすため茅野は、俺の腕から手を離すと二歩ほど離れる。
しかし納得した様子はなく、むしろより一層圧を増しながら、姉さんはこちらへと近づいてくる。
「……あんたにお姉さん呼びされる筋合いなんてないわよ。彼方と二人でデートしてるからって調子に乗らないで!」
「きゃっ!」
流れるように両手を上げた姉さんは、荒ぶる感情のまま茅野を突き飛ばした。
床に尻もちをつく形で倒れた茅野に、俺はすばやく腰を落とし手を差し伸べる。
「茅野さん大丈夫か?」
「全然へっちゃらです」
笑顔を見せる茅野。幸いにも怪我した様子はなく、内心ホッと胸を撫でおろす。
俺は、そのまま茅野の体を支えながら姉さんを見上げた。
「……姉さん。謝れよ」
「嫌よ! 悪いのはそっちでしょ!」
「だからって手を出していいわけないだろ。謝れ」
茅野に危害が及んだ事実が許せず、自然と語気が強まる。
「なんなのよ。ちょっと小突いただけで必死になって……そんなに、その女が大事なの」
普段なら絶対に見せない俺の姿に、姉さんは瞳に涙を浮かべて震えていた。
「は? 今、そんな話はしてないだろ」
「もういい! 知らない」
「姉さん!」
一方的に話を打ち切った姉さんは、俺の呼びかけも聞かず一目散に駆け出して行った。
突然訳の分からないことを喚き散らして、姉さんがいなくなったこの状況についていけず呆ける俺。
と、先に我に返った茅野が声を上げる。
「丸口さん! 早くお姉さんを追ってください」
「いやいいよ。どうせ家に帰っただけだろうし」
「……それなら今日はもうお帰りましょう」
「姉さんのことなら気にしなくていいぞ。茅野さんなにも悪くないんだし」
茅野は、はっきりと首を横に振る。
「このままだと私が楽しめないんです。だから仲直りしてきてください」
「はぁ、わかった。じゃあ今日は解散で。……迷惑かけてごめん」
「迷惑だなんてそんな。一緒に映画を見れただけで私は満足ですから」
そう言って茅野は笑った。
そのまま俺たちは特に言葉を交わすことなく、イヲンを後にしてそれぞれ帰路についた。
何気なく見上げた空は、夕焼けとは程遠く明るかった。
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