第52話 茅野とお出かけ2

 約二時間後。

 エンドロールまでしっかりと英語を見終えた俺たちは、昼食を済ませるため三階のフードコートへと場所を移していた。

 まだまだお昼時というのもあり賑わっている中、俺は左手に持つ箸󠄀でうどんをすする。


 「丸口さんって左利きでしたっけ?」


 もぐもぐと食べていたハンバーガーを飲み込んだ茅野が不思議そうに訪ねてくる。


 「いや、ちょっと右腕が痛くて」

 「大丈夫ですか? シップ買ってきましょうか?」

 「そこまでじゃないから気にしないで。もう少し待てば治るから」

 「そうですか……大事にしてくださいね」


 気遣うように慈愛の瞳を向けてくる茅野。

 まあ、右腕が痛いのは茅野に上映中ずっと握られていたせいなんだけど。気づいてなさそうだな。


 「……それで、この後はどうするんだ?」


 目的であった映画は見終わったし、解散でもいいけど。

 なんて考えていると茅野が不敵に笑い出した。


 「ふっふっふ。丸口さん、私とメダルゲームで勝負しませんか」


 メダルゲーム……借りたメダルを増やしていくギャンブル的なゲームだ。

 確か、今いるフードコートから隣りにあるゲームセンターで遊べたよな。


 「まあいいけど、100円で12枚だっけ?」

 「実はですね、映画のチケットでメダル10枚と引き換えてもらえるんです!」


 わかりやすくどや顔を披露する茅野。へぇ、そんなサービスあったんだ。


 「じゃあ食器返したら勝負といこうか」

 「はい! メダルの王と呼ばれた私の力をみせてやりますよ」


 なんだそれ。


 「俺、トイレも済ませてくるからゲームセンターの前で待っててよ」

 「わかりました!」


 元気よく手を挙げるいつも通りの茅野を見て、俺は内心でホッとする。

 やはり茅野によそよそしさは似合わない。


          ▲▼▲▼▲▼▲▼


 問題が起こった。

 用を足し、戻ってきたゲームセンター前。そこで待つ茅野が二人組の男に絡まれているのだ。


 「あっれ~。かやのんじゃねぇ?」

 「うっわ、妹の方やん。マジ中学ぶり。おれらのこと覚えてる?」

 「えっと……」

 「七組の佐々木と宮本」

 「ごめんなさい。私、三組だったので覚えてないです」


 ぺこりと頭を下げる茅野。


 「うわマジ⁉ ちょまショックなんですけど~」

 「同クラになったことないし、しゃーないべ。てか、一人? おれらと遊ばね。カラオケとかどうよ?」

 「誘ってもらえるのはうれしいですけど、ごめんなさい」


 相手を気づつけないよう配慮して断りを入れる茅野に、チャラ男たちは一歩距離を詰める。


 「連れがいる感じ? いいよいいよ。その子も一緒で全然OKよ。なんなら俺らマジ奢るし」

 「あの、無理です。一緒には行けません」

 「いやいや、そんな警戒しなくてもいいって。おれら何にもしないからさ」

 「でも……」


 圧の強いチャラ男たちに困ったようにたじろぐ茅野。

 穏便に済むならと静観していたが、雲行きが怪しくなりつつあるのを感じた俺は、止めていた足を動かした。


 「お待たせ、茅野さん」

 「丸口さん!」


 片手を上げて声をかける俺を視認した茅野は、安心したように顔をほころばせ隣へと移動してくる。


 「ん? 君ぃだれ?」


 邪魔をされて苛立たしいのか、こちらへ振り向いたチャラ男は睨むように眉を寄せている。


 「えっと……丸口です」

 「いやいや名前とか聞いてないっしょ。なに? かやのんの彼氏?」

 「なわけねーべ。こんなジミ男、釣り合ってないって」


 初対面なのに堂々と失礼な奴らだな。

 と、チャラ男たちにムカついている俺の右腕を、茅野が取りギュッと両手で抱き寄せた。


 「ま、丸口さんは私の彼氏です! 今日はデートなんです‼」


 はい? 急に何を言い出したんだコイツ。


 「ありえないっしょ! 付き合ってんのに苗字呼びとかなさすぎ」


 突拍子のない発言を信じていないのか、わざとらしく『ないない』と腕を振るチャラ男。


 「ま……か、彼方は本当に彼氏なんです! ねっ?」


 信憑性を持たせるためか取って付けたように名前で呼び始めた茅野は、下手くそなウィンクをしながら同意を求めてくる。

 なるほど、これはあれか。マンガとかでよく見る恋人のフリだ。

 否定するのは簡単だが、余計に話がこじれて面倒くさいことになりそうだし、ここは合わせるのが吉か。

 仕方ない。アニメやラノベで培った俺の演技力を見せるとしますか。


 「ふっ、当然だろうハニー」

 「っ⁉ 丸口さん……」

 「ハニーとかヤバすぎっしょ」

 「趣味悪すぎガン萎えだわ。行こうぜ」


 赤くなった顔を俺の右腕に埋めて隠す茅野に、ドン引きといった様子で去っていくチャラ男たち。

 ふむ、どうやら俺に演技の才能はないようだ。


 「とりあえず一件落着かな。あいつら、もう行ったし離れていいよ」

 「もう少し待って下さい。今、落ち着きますので」


 顔を隠したまま小さく深呼吸を始める茅野。

 俺も上がった脈拍を落ち着ける。チャラ男って怖いなぁ。

 瞬間、どさりと何かを落とした音が聞こえ顔を向ける。


 「……どういうことよ」

 「姉さん……」

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