第51話 茅野とお出かけ1
翌日、土曜日の朝。学校の最寄りでもある東武練馬駅。
俺はそこから徒歩三分にあるイヲンの入り口前で、待ち合わせをしていた。
名前からわかる通りイヲンはショッピングセンターだ。五階建てのこの施設は生活の役に立つ商品や製品から、子供に人気なおもちゃとゲームセンターなど幅広い年齢層のニーズに応えているためいつでも人が多い。
特に今日は休日なのも相まって、普段よりも一層賑わいを見せている。
「茅野さん見つかるかな」
信号が切り替わるのを待ちながら、俺は交差点向こうの入り口を眺める。
賑やかに行きかう人の中、円柱前で佇み髪の毛先をいじっている一人の少女が目に入る。
胸元にひも状のリボンが着いた七分丈のブラウスにスカート姿の茅野だ。
何故か落ち着きなくそわそわと辺りを見回している茅野は、こちらに気づくと途端に俯いた。
昨日といい様子がおかしい茅野を不思議に思いつつ、青信号に変わった横断歩道を渡る。
「おはよう茅野さん。もしかして待った?」
「おっ、おはようございます! いい今着いたばかりなので三十分も待ってないです」
両手をぶんぶんと大袈裟に振る茅野から、ほのかに香水の香りが漂ってくる。
「茅野さん香水とかつけるんだ」
「っ⁉ きょっ、今日は気合を入れたくてつけてみました。変ですか?」
「いや全然。それだけ、この映画が楽しみだったてことだろうしいいんじゃない」
「えっ……そうですよね。楽しみです映画」
少し残念そうな表情の茅野。
なんだろう、今日の茅野はすごく気まずいな。
「と、とりあえず、行こっか」
「はい。行きましょう」
俺たちは自動ドアを抜け、店内に入る。
そのまま進みエレベーターを使い映画館のある五階へ移動する。
「人多いな」
エレベーターから降りた先、館内にいる人の多さに思わず声が出る。
黒を基調とした落ち着いた印象の空間とは反対に、モニターから流れる予告映像や楽し気な喧騒とで館内は活気に満ちていた。
溢れる陽のオーラに硬直状態になる俺の裾を、遠慮気味に茅野が引いてくる。
「……丸口さん、ちょっと聞きたいことがあるんです」
「え、なに。聞きたいこと?」
鸚鵡返しで首をひねる俺に、茅野は口をぱくぱくさせている。言い出しづらいことなのか少し頬も赤らんでいる気がする。
待つこと数秒。
意を決したのか、茅野は消え入りそうな弱々しい声を出した。
「あっ、あの小学一年生の時のこと覚えてますか?」
え? 小学一年生? 何の事だろ。
「ポケ○ンの映画! 観ましたよね?」
行った記憶はある。伝説の配布が欲しかったんだよな。懐かしいな、今カセットどこにあるんだろう。
「俺たちの世代なら見てない人の方が少ないだろうけど、それがどうしたんだ?」
「その時のこと覚えてませんか? 困ってる人を助けたりとか……」
「うーん。何かあったけ? 思い出せないけどどうして?」
「いえ覚えてないならいいんです。忘れてください」
またもぶんぶんと大袈裟に両手を振る茅野。
一体何なんだ。茅野と会ったりでもしたのだろうか。そうだとしたら俺が助けられたとかなのかもしれない。
「なあ、もしかして茅野さんとあ──」
「のっ、喉が渇きましたね。そろそろ入場時間になりますしポップコーンとか買いましょう!」
確認しようと口にした俺の言葉を遮り、茅野は片手を団扇のように仰ぎながら売店の方へと歩きだした。
「丸口さんは何食べますか?」
茅野につられディスプレイに映るメニューを眺める。
「……コーラでいいかな。茅野さんはどうする? 俺まとめて買ってくるけど」
「アイスココアとキャラメル味のポップコーンLサイズをお願いします!」
「結構ボリューム多かったと思うけど大丈夫か?」
「? 一緒に食べないんですか?」
俺のちょっとした心配に、茅野は不思議そうにこちらを見つめ返してくる。
「ポップコーン苦手だし俺は遠慮しとく。というか観ながら食べれないし」
「……なら私も飲み物だけでいいです」
心なしか残念そうに視線を落とす茅野。
「食べないのか?」
「丸口さんが食べないならいいです」
なんだそれ。俺、関係ないじゃん。
「……あー、じゃあまぁ、とりあえず買ってくるよ」
「はい、お願いします……」
気遣っているのか茅野は『大丈夫です』と言わんばかりに微笑む。
少々心苦しいが今回ばかりは見て見ぬふりをして、俺はレジへと向かった。だって本当にポップコーン苦手だし。
ドリンクを購入した後、入場時間がきたため係員の人にチケットの半券を切ってもらいシアター内に足を運んだ。
麻倉の用意していた席はL列の十一と十二、真ん中の中心だ。見やすいことこの上ないが、どうしてこんなにいい席を何の迷いもなく譲ってきたのか疑問は残る。
「丸口さん。今日って何の映画を観るんですか?」
「ホラー映画らしいよ。少し調べたけど、あらすじだとよくある都市伝説系っぽいね」
「ホラー……」
ポツリと呟く茅野を見れば、顔を青ざめさせている。
「苦手なのか?」
「ちょっとだけ……」
あはは、と口にする茅野の表情は曇っていて、不安が表れている。
「無理そうなら辞めて別のとこ行こうか?」
「だっ、大丈夫です。お化けとか全然怖くありませんか──」
言いかけた茅野の言葉を遮るように、シアター内の照明が落ちる。
「ひっ⁉」
「無理しなくていいからな」
「無理してないです。私、観れますから」
強がる態度とは裏腹に、ガタガタと震えている茅野は既に涙目だ。
「はぁ、怖かったら右手ぐらいなら貸すけど」
「いいんですか?」
「別にいいよ。姉さんで慣れてるし」
「じゃ、じゃあお借りします」
そう言って茅野は遠慮がちに俺の右腕をガッチリと両手でロックした。
あれ、俺右手って言ったよな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます