第50話 チケット

 翌日、金曜日の放課後。吉野と麻倉と茅野、そして俺を合わせた四人は駅前にあるミスドの二階テーブル席で顔を突き合わせていた。


 「今日も大注目だったね、丸口くん」


 二個目のポンデリングに手を伸ばしながら、麻倉は笑いをこらえるような顔をする。


 「何がそんなにおかしいんだ?」

 「だっ、だって教室で──」

 「『あっあっあれは姉さんだから……あっ』って言ってたな」

 「あっははははは」


 今朝のHR前の俺を再現した吉野を見て爆笑する麻倉。

 やがて落ち着いたのか息を整えてから、麻倉は口を開いた。


 「い、いくらなんでもキョドりすぎだよ。最後の『あっ』ってなに? 面白すぎるよ」


 自分で口にしてツボに入ったのか、麻倉は再び笑い出す。

 ウザすぎる。あれは俺の席を囲むように群がられたからであり、相手が一人ならちゃんと対応出来た。それなのにコイツらは……よし、後で絶対に復讐しよ。

 内心の復讐ノートに二人の名前を書き込んだ後、これ以上傷つかないよう話を変えにかかる。


 「そ、そういえば来週の体育は百メートルのタイム測るって言ってたよな」

 「らしいね。何のために測るんだかわかんないけど」


 我ながら下手くそな方向転換に、不思議そうに首を傾げる麻倉。


 「体育祭で走るときに実力差が出ないようにするためだよ」

 「あー、体育祭ね……思ったんだけど、やる意味ってあるのかな」

 「どうした急に。ついこの前は『楽しみー』とか言ってたじゃん」


 麻倉は冷めたように視線をそらすと、ストローをくわえウーロンティーを一口。


 「それ言ってたのつくちゃんだし」


 そうだっけ? まあいいか……。


 「いのりも体育祭が嫌いなのか。ボクと同じだな」

 「好きだったよ、ちょっと前までは」


 麻倉の表情が曇る。


 「二人三脚とかお昼とか帰り道とか色々考えてたのに……全部なくなっちゃた」

 「……そうか」


 乾いた笑みを浮かべ項垂れる麻倉。なぜ自ら地獄に足を踏み入れるのか。


 「これやるから元気出せ」


 そう言って吉野は麻倉のお皿に一個のドーナツを載せる。自分のあげるとか珍しいな。


 「ん、ありがと未仲ちゃん。美味しいね、なにこれ?」

 「知らん。彼方の皿に残ってたやつだ」


 目を落とすと、楽しみに取って置いてたはずの限定ドーナツがお皿から消えていた。

 は? コイツマジか……。


 「なんだ? 食べないのが悪いんだろ」

 「今度一回じっくりと話そうか。常識について」


 コイツには復讐だけでは足りない。女子だからとか関係なく教育という名の鉄槌を下さなければ。

 俺の限定ドーナツを平らげた麻倉が、何かに気付いたように声を上げる。


 「そういえば、つくちゃん元気ないけどどうしたの?」


 心配そうに麻倉は隣に座る茅野を見る。確かに、元気だけが取り柄の茅野が今日に限っては一言も喋ってないな。


 「そ、そんなことないですよ。ただ、ちょっと……」


 なぜかこちらを見ながら言い淀む茅野と目が合う。

 ……あ、目を逸らされた。

 特に気にせずホットミルクを飲んでいると、正面からのじとっとした視線に気づく。


 「丸口くんつくちゃんに何かしたでしょ」

 「いや、心当たりないけど」

 「嘘はよくないよ、嘘は。つくちゃんの反応を見れば分かるんだから。素直になりなって」


 麻倉の言葉にあごに手を当て考えてみるが、やはり思い当たる節はない。

 黙り込んだままの俺を見て、茅野は慌てたように両手を振る。


 「違うんです! 丸口さんは何もわる、く……」


 またも言葉は途中で途切れ、茅野は俺から顔を逸らす。


 「ほら、やっぱり丸口くん何かしたんじゃん。ちゃんとゴメンしないとダメだよ」

 「いや、何もしてないし」

 「恥ずかしいんだね。分かったよ……なら、ここはみんなのリーダーである私が一肌脱ぎましょう」


 勘違いした状態で妙に張り切りだした麻倉は、なにやらバッグをまさぐると中からナニカを取り出した。


 「チケットか?」


 テーブルの上に置かれたのは、何の変哲もない二枚のチケットだ。


 「そうだよ。今公開中のホラー映画なんだけどね、これあげるから明日つくちゃんと行って仲直りしてくること」

 「はい?」


 突然すぎる話の展開に呆然とする俺。


 「つくちゃんもいいよね?」

 「いっ、行きたいです!」

 「じゃあ時間なんだけど……」


 俺の意思などお構いなしに詰めれていく予定に待ったをかける。


 「いや、俺は行かないからな」


 当然すぎる俺の言葉に、麻倉はやれやれと肩をすくめる。


 「丸口くんも男なら潔く責任取らないとだよ。それに、どうせ暇でしょ?」

 「暇じゃないし、明日は……」

 「明日は?」

 「……ラノベ読んだり、ソシャゲしたりで忙しい」


 麻倉は心底冷めた目で俺を見据える。


 「暇だよね?」

 「……はい」


 ゴミを見るような眼差しとワントーン低くなった声音に、俺は逆らう気力を奪われ力なく頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る