第49話 帰り道

 部活も終わり、帰宅途中の俺は最寄である大山駅に降り立っていた。

 改札を抜けた先、コンビニとパン屋が一体となった店舗を眺めながら、俺は小さく息を吐いた。


 「今日は疲れた。……ほんとに疲れた」


 朝から放課後まで姉さんの暴走に振り回された一日だった。

 クラスでは好奇な視線を向けられ気が気でなかった。

 部活じゃ、そのことを麻倉にネタにされ腹が立った。

 部活に入って様々な経験を得たここ一か月で、俺も精神的に成長していると思っていたが、殊の外ダメージは大きくため息が止まらない。どうやらまだまだのようだ。

 と、気怠げな足取りでマックを通り過ぎた時だった。


 「よっ、丸口。今帰りか?」

 「一条……」


 俺に声を掛けてきたのは麻倉の幼馴染である、一条昂輝いちじょうこうき


 「あの時ぶりだな」

 「えっ、うん。……てか、どうしてここに?」

 「オレは買い物。お使い頼まれてさ」


 そう言って右手に持つエコ袋を掲げる一条。


 「そっか……」


 特に言うこともなく、押し黙る俺。

 なんだろう。ケンカしたわけじゃないけど気まずいな。


 「途中まで一緒に帰ろうぜ」

 「あっ、うん」


 歩き出す一条に並び帰路を辿り始める。なんだこの展開は。

 一条とは麻倉を通して話したことはあるけど、友達とかじゃないし何で話しかけてきたんだ。

 もしかしてあれか。振られた腹いせに麻倉が嫌がらせをしてくるから手を貸してくれ、てきな展開なのか?

 麻倉は見た目に反して結構ゴリラだから、戦うとなれば瞬殺される自身がある。ふむ戦略的撤退という言葉を教えて──


 「……ごめん。オレのせいで丸口たちに迷惑かけた」


 申し訳なさそうに萎れた声を出す一条。

 ……なるほど。そっちか。


 「迷惑って麻倉さんのことか?」

 「ああ。あの日からずっと謝りたいと思ってた」


 麻倉の恋に終止符が打たれた日。一条に危害が及ぶのを防ぐため先に帰らせたが、結果的に俺たちに丸投げしたことを悔いているのだろうか。


 「別にいいよ。あれは誰が悪いとかないし。不幸なすれ違いが起きただけだろ」

 「ありがとな。あ、あのよ……いやなんでもねえ」


 力ない笑顔を見せた一条は何か言いたげだったが意味深に口を閉じる。普通なら聞き返すのだろうが俺は聞き返さない。何故ならこういう場合大抵は厄介ごとだからだ。ラノベでもそうなので間違いない。


 「……っ、い、いのりは元気か?」


 一条の口から絞り出すように零れた言葉は麻倉の心配だった。

 なんだそんなことか。全然厄介じゃなかったな。


 「普通だけど、一条は話したりしてないのか?」

 「いのりとはあれから一度も話せてねえんだ。学校じゃクラスがちげえし、家に行っても会ってくれなくてよ」


 辛いのか顔を歪め、拳を握る一条。

 そういえばファミレスでもう会わないとか言ってた気がする。徹底してるな。


 「まあ大丈夫でしょ。部活でもわりかし元気だし、麻倉さんの気持ちに整理がついたらその内話せるんじゃない」

 「そう、だな。丸口の言う通……待て、部活? いのりは部活に所属してねえはずだ」

 「えっ……あぁ。麻倉さん今週から青援部せいえんぶに入部したんだよ」

 「いのりがっ⁉ ……そうか青春援助部せいしゅんえんじょぶに」


 一条が驚くのも無理ないか。振られて落ち込んでると思ってた相手が、いつの間にか部活に入ってエンジョイしてるとか意味分からんもんな。


 「ん? ……だとしたら何でいのりと一緒じゃねえんだ? 今日も部活だったんだよな?」

 「ゲームに熱中してたから先に帰って来たんだよ」

 「丸口って意外とドライだな」

 「いやいや普通でしょ。俺、ちゃんと帰るって言ってきたし」


 そもそも麻倉とはクラスと部活が同じってだけの関係だ。仲が良いわけでもないし、別々に帰る方が正常だろ。

 とはいえ、傍から見ると俺の行動って冷たいのか。一応覚えとこ。

 あごに手を当てる俺を見て何を思ったのか、さっきまでの暗い顔が嘘のように一条は明るい笑顔を見せた。


 「忖度しねえとこは中学から変わらねえな。……なあ丸口、これからもいのりのことを頼むな」


 ……は? 急にどうしたコイツ。


 「嫌だけど。そういうのは一条の役目じゃん」

 「オレじゃ無理だ。もしかしたら今後話すこともなくなるのかも知れねえ。だから信頼できるお前に託すんだ」


 言われて気づく。一条は麻倉を振ったのだ。

 つまり今まで通りの関係とはいかない。実際に現在進行形で一条は麻倉に拒絶されてるわけだし。

 ……ああめんどくさい。こういうのが一番困るんだよな。


 「はあ。言っとくけど、今まで通りにしか出来ないぞ」

 「それでいい。助かるよ」


 朗らかな笑みを浮かべる一条を見て思う。ほんと何の時間なんだ。

 それから話すこともなく黙々と歩いていると、思い出したように一条が声を上げた。


 「そういや丸口の噂、こっちのクラスにまで話題になってたぜ」


 もうやめてくれ。その話題はお腹いっぱいで胃もたれ気味なんだ。


 「……分かってると思うけど、あれ姉さんだからな」

 「見てた見てた。でも急にどうしたんだ? あんな丸口の姉ちゃんを見るのは初めてだったから驚いたぜ」


 だろうな。あの姉さんを見るのは俺も中学ぶりだ。


 「とりあえず原因が分かんないから帰ったら話し合いだ。一日とはいえかなり鬱憤が溜まってる」

 「あー災難だな。けど、今日は辞めといたほうがいいと思うぜ」

 「なんでさ?」

 「明らかに異常だかんな。下手に刺激しねえで二、三日は様子見して変わんなきゃそん時ゃ話し合うのがいいぞ」


 なるほど一理ある。さすがリア充、経験豊富ということか。


 「ありがとうそうしてみる」

 「おう。じゃ、オレこっちだからまたな」

 「ああ」


 立ち止まり、去りゆく一条の背中を見つめる。

 異常か……姉さんの突飛な行動の原因が俺にあるのは間違いないのだろうけど心当たりがない。

 一条の言う通り様子を見つつ、探りを入れてみるか。それでも分からなかったら、その時は折を見てもう一度姉さんと向き合わなきゃな。

 小さく息を吸い『よし』と気合を入れた俺は、自宅に向けて止まっていた足を動かした。

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