第48話 異変

 翌日の放課後。俺はぐったりと部室の椅子に寄りかかっていた。

 茅野と吉野の談笑を耳にしながら、軽くため息をつく。いつも登校は別々だが、今日は姉さんが無理やりくっついてきた。


 そのせいで俺と姉さんが姉弟だと知らない生徒に誤解を与え、クラス内で注目を浴びたのだ。

 休み時間は終始寝たふりをしてたおかげで話しかけられることはなかったけど、聞こえてくる話題の大半に俺の名前が入っていた。姉さんが腕とか組んでこなきゃな。

 多少揉めても姉さんと話さないとな。覚悟を決めた俺の視界の端、ガラリと扉が開いた。

 「あっ、丸口くん彼女出来たんだってね」


 部室に入ってきた麻倉は、俺の隣に腰掛ける。


 「はあ。姉さんのことだって麻倉さんは知ってるだろ」

 「だいぶお疲れだね。にしても、いつも別々なのに佳乃かの先輩と一緒に登校してくるなんて珍しいね」


 なんで? と視線を感じるが、面倒くさいのでスルーだ。

 答える気のない俺を見て、麻倉は神妙な面持ちで口を開いた。


 「聞いて。丸口くんに彼女が出来たってクラスの女子が騒いでた時ね、つくちゃん慌ててたんだよ。どうしてか気になる?」

 「いや、興味ない」

 「それがね、丸口くんが青援部を辞めちゃうんじゃないかって心配だったんだって」


 俺、興味ないって言ったよな。

 すると、俺の体面に座っていた茅野が焦った様子で身を乗り出してきた。


 「い、いのりちゃん⁉ それは秘密って言いましたよね⁉」

 「ごめん、ごめん。でもこういうのは伝えられる時に伝えた方がいいんだよ。じゃないと、どこぞの馬の骨にとら……はは」


 机に突っ伏し力尽きる麻倉。

 なんでコイツは自ら地雷を踏みに行ったのか。

 意気消沈な麻倉を放置して、俺は先程の話を切り出す。


 「……で、恋人が出来たら部活を辞めるって発想はどういうことなんだ?」

 「うぇ⁉ え、えっとですね。それは……ほら恋人との時間を優先するじゃないですか普通」

 「そういうのって普通は両立するもんじゃないのか?」


 部活と学業を両立するように、恋人関係だって同じだろう。俺の至極真っ当な意見に、スンと茅野は真顔になる。


 「丸口さんは恋というものを分かってないですね」

 「女子に暴力を振るう外道だぞ。人の心がないんだ彼方は」


 暴力? 昨日のデコピンのことを言っているのだとしたらあれは吉野に対する正当な処罰なので俺は悪くない。というか反省の色が見えない気がするな。

 俺の内心に気付いたのか、吉野は両手でおでこを押さえながら眉を寄せる。


 「次ボクに手を出してみろ。彼方の秘密を暴露してやるからな」

 「秘密? なんだそれ」

 「今日の体育ボクは見てたからな」


 吉野の言葉にどきりと鼓動が早くなる。

 今日から始まった体育祭の練習。種目の練習や当日の流れを赤組と白組に別れた三学年が合同でやるのだが、同じ組に姉さんがいるのだ。

 授業中に練習する種目が自由だったせいで、姉さんに捕まった俺は五十分間延々と二人三脚をやらされていた。必死の抵抗の末、人目のつかない隅を勝ち取って安心してたのに。まさか──


 「見てたって冗談だろ? 体育祭の練習で上級生たちもいたんだぞ」

 「ラブラブだったなぁ」


 にやにやと腹立つ顔の吉野。

 最悪だ。一番知られたくない奴に知られた。


 「ラブラブってなんですか⁉ もしかして本当に丸口さんにか、か、か、彼女が」

 「大丈夫だよ。どうせ転んだところを見られたとかだろうし」


 穏やかじゃない茅野に平然と麻倉が返す。ラブラブ要素どこいった。

 このまま吉野を放置すると二番目に知られたくない麻倉にまで情報が渡る可能性がある。仕方なし、降参の意を込め俺は両手を挙げた。


 「分かった。何もしないから今日見たことは墓場まで持て行ってくれ吉野」

 「どうしようかなぁ~」


 下手に出る俺を見て、吉野はここぞとばかりに調子に乗っている。


 「……くっ、何が望みだ?」

 「駅前のドーナツが食べたいな」

 「今は手持ちがない明日なら」

 「それで手を打ってやる」


 想定外の出費ではあるが、これで俺の平和が守られるのなら安いものだ。

 帰ったら吉野に復讐する計画を立てよう。


 「えーいいな~。私もミスド行きたーい」

 「私も行きたいです」

 「来てもいいけど奢らないからね」

 「分かってるよ。私も何か弱み握ろーっと」


 コイツにだけは弱みを握られないよう注意しよう。

 話も一段落つき気を取り直そうと、俺は机に置いたままだったバッグからラノベを取り出す。


 「あっ丸口さん何か落としました、よ……」


 バッグのサイドポケットから落ちた一枚のナニカを見つめたまま固まる茅野。


 「どしたのつくちゃん?」

 「いえ……あの丸口さんこの写真私にくれませんか?」


 そう言って、見せてきたのは子どもの頃の俺と姉さんが写った写真だった。何でそんな物がバッグから出てくるんだ?


 「えっ普通にダメだけど」

 「じゃ、じゃあ写真を撮らせてください」

 「まあ、それくらいなら」

 「ありがとうございます」


 茅野は律儀に頭を下げると、取り出したスマホのカメラを起動して、パシャシャシャと写真を取り始めた。何故、連写なんだ。


 「これいつ頃の? 今と全然雰囲気違うね、昔はやんちゃだったんだ」

 「これが彼方……偽物なんじゃないのか?」


 笑顔でピースをしている俺を見て、驚いた様子の麻倉と信じていない吉野。確かに昔とは、ほんの少しだけ変わった気もするが今もこんなもんだろ。

 写真に写る小学一年か二年生くらいだろう自分を眺めながら、成長したなと感慨にふけっていると、て不意にカメラがこちらを向いた気がした。


 「ん? 今、俺を撮った?」 

 「撮ってないです。気のせいです」


 茅野からやたらと視線を感じながら、俺は受け取った写真をバッグにしまった。

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