第47話 一日の終わり

 今日はわりといつも通りの一日だった。読書も捗ったし部活も部長と白石先輩がいてくれたおかげで厄介な三人娘にもあまり絡まれずに済んだ。

 帰宅後も宿題や風呂に食事とやるべき事は全て終えた。後は趣味に時間を使って寝るだけ。久しぶりに充実した気分のいい日なはずなのに、部屋の中は不穏な空気が漂っている。


 その原因は後方、腕と足を組み我が物顔で俺のベッドに座り占領している姉さんだ。かれこれ一時間は居座っているが一言も喋らないので放置して勉強机でラノベを読んでいたわけだが。そろそろ寝転がりたい。

 めんどくさいと思いつつ憩いの場を取り戻すため椅子を回して振り返った俺は、意を決して口を開いた。


 「姉さんそろそろベッド返してほしいんだけど」

 「……私がどうして怒ってるか分かる?」


 怒ってたんだ。新手のウザ絡みかと思ってた。


 「わかん──」

 「分かるわよね? 胸に手を当てて考えてみなさい」


 咎めるような眼差しを強め、食い気味に俺の言葉を遮る姉さん。

 理由は分からないが相当お怒りのようなので俺は、少し考えてから口にする。


 「……もしかして三時間目の件?」

 「他にもあるでしょ」


 姉さんが怒る出来事なんて直近だと体育祭の種目決めくらいだと思ったけど違うのか。マジで分からん。


 「お守り……」


 ぼそりと姉さんの口から零れた単語を聞いて気付く。茅野から押し付けられた折り紙で作られたお守りの存在を。

 そういえば制服のポケットに入れたまま返すの忘れてた。


 「あれ貰うつもりのなかったものだし、明日返すから制服に戻しといてよ」

 「もう燃やしたからないわよ」

 「えっ、嘘でしょ?」

 「……」


 無言の圧に真実だと悟る俺。

 押し付けれたとはいえ仮にも貰い物だ。しかも見た目からして手作り感丸出し、それを捨てるとかじゃなくて燃やしたとか正気かよ。

 当然でしょと言わんばかりに、まったく悪びれていない姉さんを見て俺は、深いため息をつく。


 「さすがにやりすぎだよ。茅野さんには俺から謝っておくから反省してよ」

 「反省なんて約束を破ったあんたに言われたくないわよ」


 約束ね。二年前の姉さんが中学を卒業した時に交し合った些細な決め事だ。俺からは外での過干渉を禁ずることだけど姉さんからのは──


 「破ってないって。あれは俺に好きな人が出来たら報告するって話でしょ。そんな人いないし」

 「嘘つき! お姉ちゃんに隠れて茅野とかいう女と交際してるんでしょ!」


 確信めいた姉さんの言葉に唖然とする俺。

 俺と茅野が? いやいやないないない。部活以外で話すこともほとんどないのに、何をどう勘違いしたら茅野と付き合ってることになるんだ。

 俺は本日二度目のため息をつきながら口を開いた。


 「茅野さんとは部活が一緒なだけだから。連絡先だって持ってないし付き合うも何もないよ」

 「また嘘ついた。LINEに友達登録されてるのお姉ちゃん知ってるから」

 「それこそ嘘でしょ」


 言いながら机に置かれたスマホを手に取りメッセージアプリ内の友達覧に目を通すと『つくよ』なる名前が表示されていた。

 なにこれ? つくよって茅野の名前だよな。家族以外じゃ部長としか連絡先は交換してないはずなのにいつの間に登録されたんだ?


 「意味が分からない」

 「最悪の気分よ……」


 ゆらりと立ち上がる姉さんを見て、俺はすぐさま弁明を唱える。


 「ちょ、待って姉さん! マジで知らないんだって。その証拠に……ほら、連絡のやりとりはないだろ?」


 迫る姉さんにスマホの画面を見せる。


 「そんなのトーク履歴を消せば済む話じゃない」


 なんだよそんな機能知らないよ。

 目の前までやってきた姉さんは、スッと両手を伸ばし俺の頬を鷲掴む。爪が食い込んで痛い。


 「さて、どう始末しようかしら」

 「本当に付き合ってないんだって」

 「信用できない」

 「どうすれば?」


 理不尽ではあるが、経験上こうなった姉さんを収めるには要求を呑む必要がある。身に覚えのない罪だけど命には変えられないよね。


 「信用してほしかったら今後他の女と関わらないで」

 「いや、学校なんだし関わらないは無理でしょ」

 「なら引きこもりなさい。お姉ちゃんが面倒みてあげるから」

 「無茶言わないでよ。そうなったら父さんたちだって困ることぐらい姉さんも分かるでしょ」


 買い物や施設に行くぐらいなら良かったが、他人を巻き込む形の要求には残念ながら応えることは出来ない。

 それを姉さんも理解しているのか俺の頬から手を離すと、苦虫を噛み潰したような顔のまま、


 「あくまで反抗する気なのね。もういいわ……あんたが約束を守らないなら私も好きにするから」


 そう言い残して、姉さんは不満気に部屋から出ていった。よく分からないけど事なきを得たらしい。

 とりあえず絆創膏貼ろう。

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