第39話 運命の時間

 急ぎ足の麻倉を追って、俺たちがやって来たのは板橋交通公園。

 自転車やゴーカートの貸し出しがあり、決められたルートではあるが乗り放題で思う存分楽しめる。子供にとっては飽きることのなく楽しめる板橋区内でも数少ない公園だ。


 「ま、マ○オカートが走ってますよ!」

 「おぉ、凄いな……初めて見た」


 茅野と吉野は子供たちの乗るゴーカートに目を奪われている。ちょんちょんと肩を叩かれる。


 「ねぇ丸口くん。私ここで昂輝に告白しようと思うの」

 「⁉ マジで?」


 いきなりの報告に思わず声が大きくなる俺。


 「ちょっ、声が大きいよ」

 「ごめん。……ってことは茅野さんと吉野を遠ざければいい感じ?」

 「ううん……えっと、タイミングを見計らって少し離れたところで見守っててほしいんだよね」


 照れくさそうに毛先をいじりながら麻倉ははにかむ。


 「まあ、いいけどさ。告白する直前に何か合図をもらえるか?」

 「分かった。じゃあ……この指輪をだすからそれが合図で」


 言って麻倉は、首にかけている指輪を自分の胸元から取り出して見せる。これって初めて麻倉が部室に来た時に見せてくれたやつだよな。


 「了解、うまく行くといいな」

 「ありがと」


 麻倉との話が終わり視線を戻した直後、俺と目が合った茅野がこちらに近づいてくると、


 「丸口さん丸口さん! 私もあれ乗りたいです」


 目の前を走り去るゴーカートを指さしながらそう言った。


 「残念だけど年齢制限あるんだよ」


 乗れないと分かり、目に見えてしゅんと項垂れる茅野だったが何やら見つけたのか目を輝かせ出す。


 「バスと電車がある! えっ、あれは入ってもいいんですか?」


 茅野の指さす先、緑色のバスと白色の電車が縦に並んでいる。


 「ああ、どっちも出入りは自由だよ」

 「丸口さん一緒に行きましょう」

 「いや遠慮しとくよ。吉野と一緒に行ってきたらいいんじゃないかな」

 「いいですね! さあ、行きますよ~、レッツゴー」

 「嫌だ。絶対に行かないぞ」


 茅野に腕を掴まれた吉野は、足に力を込めて必死に抵抗する。

 しかし力の差がありすぎるのか抵抗むなしく吉野は引きずられていった。


 「オレたちも行った方がよかったんじゃねーか?」

 「あそこ特にすることないし直ぐに戻ってくるよ。それよりさ、ここの道路ってこんな狭かったんだね」


 そう言って麻倉は横断歩道を渡り始める。つられて俺と一条も歩き出す。


 「成長したってことだな。子供の頃、苦労して天辺まで駆け登った滑り台も今なら楽に登れそうだ」


 眼前には横長の子供からすれば少し大きい滑り台が見える。今も子供たちが必死に登っては滑り落ちを繰り返しながら挑戦している。


 「一条って結構アグレッシブだったんだな」

 「丸口はやらなかったのか?」

 「俺……は、下の砂場で姉さんに延々とままごとに付き合わされた記憶しかないな」


 口に出して思い出す。

 断るごとに泣き喚く幼き日の姉さん。食べられもしない泥だんごを口に押し付けられる。

 限界がきて逃げ出せば地獄の果てまで追いかけまわされる。隠れたところで見つけられ、また追いかけられる。

 フラッシュバックした記憶から消し去りたい思い出に疲労感を覚えていると、


 「おままごとなら私達もしたよね。覚えてる?」


 くるりと身を翻した麻倉は、滑り台横の階段を後ろ歩きで器用に一歩ずつ登り始める。


 「保育園の時だろ、オレの鬼ごっことかには付き合ってくれなかったから覚えてるよ」

 「……じゃあコレも覚えてるよね?」


 階段を登り切った先、レンガタイルで作られた休憩スペースで麻倉は立ち止まると、胸元からチェーンに繋がれたおもちゃの指輪を取り出した。


 ヤバい、ここでするのか⁉ 

 俺はひっそりと傍の通路に移り身をかがめる。


 「懐かしいな、まだ持ってたのか。夏祭りの屋台で取ったやつだよな」

 「そうだよ……昂輝が私のためにとってくれた大切なもの。それに、指輪をくれた時に昂輝が言ってくれた言葉だって今でも鮮明に覚えてるよ」

 「なんか言ったけか?」

 「言ったよ……将来結婚しようって」


 気恥ずかしいのかポリポリと頬を搔く一条。


 「そんなこと言ってたのか、子供の時のオレは」

 「嬉しかったよ昂輝も同じ気持ちなんだって知って……だから今度は私から言うね」


 麻倉は頬を赤く染めながら息を吸い込み若干潤んだ瞳のままこう言った。


 「大好きだよ昂輝、これからは幼馴染みじゃなくて恋人として歩んでいこ」


 一瞬、困惑した表情を浮かべるも麻倉が冗談ではなく本気だと察し、一条は表情を引き締めると静かに口を開いた。


 「ごめん、気持ちは嬉しいけどいのりとは付き合えない。好きなやつがいるんだオレ」


 空気が凍る。夏も近いというのに寒気がする。


 「えっと……聞き間違いかな、もう一回聞いてもいい?」

 「あ、ああ。いのりとは付き合ない、ごめん」


 麻倉の足はがくがくと震え顔は青ざめている。それに一条も気づいていてなお、聞き間違いようのないほどハッキリとそう言った。


 「…………」 

 「……いのり」


 一条は俯いたまま動かない麻倉に手を伸ばしたが、パチンッと音を立ててはじかれる。


 「……そだ……嘘だ、ウソだ嘘だよ。違う違う違う、こんなの現実じゃないよ」

 「いのり……」


 不穏な気配を感じ俺は立ち上がり、ほんの少しだけ二人との距離を詰める。


 「夢なんでしょ? じゃなきゃ昂輝が私を選ばないなんて嘘だもんね」


 ふらりと一歩近づいた麻倉は、一条の肩を掴み虚ろな目で訴えかける。


 「いのり、そのごめん……ごめん」


 麻倉は力が抜けたようにだらんと腕を下した。


 「……もういいや。こんな現実いらない」


 肩にかけていた小さなバッグからナニカを取り出す。

 右手に握ったナニカへ親指をかけ突起を下へ下ろす。すると、カチカチと音がなり先端から鋭利な刃が顔を出した。……カッターだ。


 「……バイバイ、私も直ぐに向かうからあっちで一緒になろうね」


 ポツリと呟くように零した麻倉は、右手を振りかぶった。

 俺はヤバいと思い咄嗟に一条の肩を掴み後ろへ引いた。


 「……ッ⁉」

 「なにをしようとしたんだ麻倉さん?」

 「邪魔しないでよ丸口くん」


 焦点の合ってない目で麻倉は、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 一歩、二歩、三歩。カッターを握ったまま俺の横を通り抜けて行こうとする麻倉の右腕を掴む。


 「離してくれないかな」

 「なにするつもりなんだ?」

 「見たらわかるでしょ、殺すの」

 「やめろ。そんなことしても意味ないだろ」

 「無理。昂輝が私のものにならないなら生きてる意味の方がないかな」


 俺の制止も聞く耳持たず、全身に力を込めて歩みを進め出す麻倉。

 羽交い締めるも力は弱まるどころか更に増している。


 「に、逃げろ一条。てゆーか帰ってくれ!」

 「いや、オレも止めるの手伝う」

 「バカかっ! 早く行け‼ お前がいても麻倉さんの感情を逆撫でするだけだ」


 俺の必死の形相に一条も理解したのか心苦しそうな表情で拳を地面に打ち付けると、


 「分かった、ごめん」


 それだけ言い残して一条は走り出した。

 逃がすまいと麻倉の力もより一層強まるが俺も男としての意地を見せる。

 それから二分と経たず茅野と吉野が姿を現した。


 「あの、何があったんですか? 一条さんが大変だって私たちのとこへ来たんですけど」


 俺に羽交い絞めされる麻倉を見て困惑する茅野とは対照に、吉野は無造作にこちらへ近づくと、そっと麻倉の右腕に触れる。


 「いのり、カッターは危ないぞ」


 吉野の小さな手に驚いたのか、右手の力が弱まりするりとカッターが落ちる。

 地面に落ちたカッターを目にした麻倉は、膝から崩れ落ち数秒とたたずに瞳から大量の涙を溢れさせた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


あとがき、おそらく明日は更新できないかもしれません。ご容赦を! 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る