第35話 青援部のこれから

 三十分後、体育館の倉庫内。


 「はい、これでお終いね」


 倉庫内に最後のテーブルが運ばれたのを見届けると白石先輩は、俺と茅野の肩をお疲れ様と軽く叩いた。

 約一時間にも及ぶ交流会の片付け(青援部に任された)が終わったのだ。


 「結局部長さんたち戻ってこなかったですね」


 伏し目がちに茅野が呟く。ある程度事情を知っている白石先輩や俺と違い茅野は何も知らない。そんな優しい茅野が抱く心配は計り知れないだろう。


 「大丈夫よ。丸口君が二人と話してきてくれたんだもの」


 過大評価だ。俺は二人の話を聞いただけで心に響くような言葉は何も言えてない。


 「……もう一度行ってきましょうか?」

 「行かなくていいわよ。丸口君は充分やってくれたし、あと十分待っても来ないようなら私たちも帰りましょう」

 「そう、ですね」


 歯切れの悪い返事をしながら、俺は体育館の壁に取り付けられた時計へ視線を移す。釣られて顔を向けた茅野は、時刻を確認すると不安そうに俺の近くに寄ってくる。


 「青援部なくなっちゃうんですかね」

 「どうだろ……」


 廃部がなくても二人だけじゃこの先やってけないだろうな。入部してから一ヶ月で崩壊なんて不思議な話だ。


 「……ま、丸口さんは私と二人だけの部活でも来てくれますか?」

 「え、あ、うん。毎日は無理かもだけど善処するよ」


 女子と二人の部活とか姉さんにバレたらマジで命が危ないし、前向きに検討だけはする。


 「安心しろ。青援部はなくならねーし、丸口と二人きりにもならねーよ」


 軽快な声音で部長が倉庫内に入ってくる。その後ろからちょこんと顔を覗かせるのは目じりが赤い吉野だ。


 「部長、と吉野……」

 「心配かけたな。未仲とはしっかりと話をつけてきた。振り回してばっかで悪ぃけど改めて、これからの青援部の話がしたい」


 言いながら頭を下げる部長。白石先輩は動けない俺と茅野に代わり一歩足を運ぶと、溜息交じりに口を開いた。


 「……未仲と仲直り出来たのは良いことだし、青援部に関して話すのも構わないわよ。でも、謝罪が先じゃない?」


 白石先輩の言葉に頭を上げた部長は訳が分からないとばかりにポカンとしている。


 「片付け……私たち三人だけで終わらせたんだけど」

 「あ、ああ。そうだよな」


 部長は今一度居ずまいを正しながら、両膝を床に付ける。


 「今回は身内のごたごたに巻き込んで仕事も全部押し付けてゴメン」


 頭も床に付け綺麗な土下座を披露する部長。

 ふざけている様子のない部長の姿に、白石先輩はやれやれと首を振り茅野はホッとしたように胸をなでおろし、俺は謝罪する気のない吉野へ白い目を送った。


 「だそうだけど、茅野ちゃんと丸口君も許してあげて」


 こちらへ優しく微笑む白石先輩に対して、こくこく頷く俺たちを見て部長も立ち上がる。


 「それで、未仲は私達の何か言う事はないの?」


 白石先輩にとげのない声音で問いかけられた吉野は、少しびくりとしつつ口を開いた。


 「ぼ、ボクは悪くない。……でも、押し付けたのは反省してる」

 「そう、元気そうで安心したわ」


 吉野も反省するんだな。まあ、してたところで改善しないんじゃ意味ないけど。

 話が一段落したのを見計らい、改めて部長は声を上げる。


 「うし、次は青援部のオレと姫の引退について話したい」

 「「「「…………」」」」


 部長に視線が集まる。少し緊張感はあるが不思議と重たい空気ではない。


 「今日で引退って宣言したが期限を延ばすことにした」

 「期限ね……具体的にはいつまでにしたのよ」

 「十月の文化祭までだ」


 ……文化祭か。そっか高校は文化祭があるのか。

 それが十月、今が六月だからあと四か月。


 「ぶ、文化祭! 楽しそうですね。屋台とか出るんでしょうか」


 茅野は嬉しそうに声を弾ませる。今は関係ないから黙っててほしい。


 「なら、とりあえずはこれまで通りでいいってことよね?」

 「いや、未仲と話して引退を延ばすことにはしたが部活に顔を出すのは控える」


 ようやく解決とばかりに安心していた白石先輩の表情が曇る。


 「どういうこと?」

 「今までは毎日だったがこれからは二日か三日に減らす。それがオレの中での妥協点だ」


 異論は認めないとばかりに腕を組んだ部長は、フンっと鼻を鳴らしながら言い切る。


 「えーと部長。つまり部活動が週三になるってことですか?」

 「オレと姫がいない日が増えるってだけで部活自体は今までと同じだ。こっからは丸口たち三人で青援部を盛り上げてってくれ」

 「マジですか……」


 活動日が減ると思ってただけに少しだけガッカリ。まあいいか、そもそも依頼者なんて滅多に来ないんだし。

 

 「安心しろ。なにも全部やれってわけじゃねぇ。オレと姫がいる日もあるし基本は変わらねぇからよ」


 確かに考えてみれば月曜から金曜までの二日か三日は部長たちがいるわけだし、変わりはないか。


 「未仲、いい加減オレの後ろから出てこい。約束したろ」

 「わ、分かってる」


 ……部長にポンっと背中を押され俺たちのいる場所に来る吉野。茅野が笑顔で迎える。

 そんな様子を部長と白石先輩は微笑まし気に見つめる。部長の引退宣言から始まった騒動もこれにて解決。


 けれど、全てが解決したわけではない。部長は引退に向けて準備を進めていくし吉野はまだまだ吹っ切れてないだろう。

 それでも進んでいくしかない。時間も周りも待ってはくれない。当たり前だと思っていた現状と向き合わなければいけない時は必ず来る。みんなそうやって選択して進んできたし、これからだって幾度となく分岐点はやって来て逃げることは出来ない。

 俺だって例外じゃない。そこにモブだとか主人公だとかは関係ない。当然だよな。


 今まで感じたことのない不思議な気分にボーっとしていると、横から明るい声音が聞こえてくる。


 「丸口さん。これからみんなで打ち上げに行きましょう‼」

 「えっ、行かないよ」

 「どうしてですか⁉」


 断られると思っていなかったのか茅野は驚いている。


 「いや、疲れてるからだけど」

 「なんだ~、それなら問題ないですね。行きましょう」


 だから行かないって。話し聞いてたのかコイツ。


 「いいじゃねぇか。面白そうだしやろうぜ打ち上げ」


 前から歩いてきた部長が乗り気で呟いた。


 「ただ店はどうすっかな」

 「駅前のガスコでいいんじゃない?」


 白石先輩の提案に思い出したように『あぁ~』と声を出す部長。


 「あったな、そういや。あんま行かねーから忘れてたぜ」

 「パフェ食べていいか?」

 「おう、なんでも好きなもん食え」

 「やった。早くいくぞ」


 善は急げと倉庫から出ていく吉野に部長と白石先輩もついていく。

 続いて出入り口に足を運んだ茅野だったが、歩き出す気のない俺を見るや否やこちらに戻ってくる。


 「さあ、私たちも行きましょう!」


 そう言って笑顔で俺の手を握ると、部長たちの背中を追い歩き出した。

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