第34話 誰にだって分岐点はあるもんだ
部室の前にやってきた俺は、ガラス越しに見える吉野の姿に物怖じしていた。
悲壮感あふれる姿だった。暗い部屋の中椅子に腰かけたまま動く気配もなく、ただジッと空を見つめてる。
初めて見る憔悴した吉野の姿に俺の決意も勇気も吹き飛びかけている。正直引き返したい気持ちでいっぱいだ。でも、今逃げ出したら後で部長に何されるか分かんないしな。
俺は気合を入れ直すため両頬を叩いてから、部室の扉を開いた。
パチリ。部屋の明かりをつけたが吉野はピクリとも動かない。なんか怖くなってきた。
「……あの、吉野?」
「彼方か……」
消え入りそうなか細い声音で振り向いた吉野の目は虚ろだ。
重症だな。吉野にとって部長が辞めるってのはここまで重大なもんなのか。
言葉に詰まる俺に向かって、吉野は自分の横の椅子を引いた。座れということだろうか。
促されるまま、黙って隣に腰を下ろす。
「あ……」
ダメだ。この重苦しい空気に耐えられない。吉野も自分から話す気はなさそうだしマジでどうしよう。
「「…………」」
もう嫌だ、誰か殺してくれ。……はぁ、安請け合いしたのが間違いだった。そもそも吉野家の問題であって俺には関係ない。むしろ部長と白石先輩、それに吉野が抜けるなら人数足らなくて廃部。嫌だった部活に行かなくて済む、俺にとってもいい話だ。
一か月前の元の生活に戻るだけ……だけ、なんだけどな。
「なあ、吉野は何でそんなに部長が辞めることに反対なんだ?」
「彼方なら分かるだろ。ボクと一緒なんだから」
一緒? 何のことだ。
「えーと、俺にも姉さんがいるって事か?」
「……違う」
ぽつりと静かに否定の言葉が零れる。
「……彼方が佳乃を好きなように、ボクも佑助のことが兄じゃなくて異性として好きなんだ!」
突如、小さな声から語られた内容は衝撃の事実だった。
「は⁉ いや、ちょっと待ってくれ……頭が追いつかない。けど、俺は姉さんの事を異性として見たことはないぞ」
「……え?」
俺の返答が想定外だったのか開いた口が塞がらない吉野。
「だって前に言ってた。好きって」
言ってない、言ってない言ってない。絶対に言ってない。
「仮に言ってたとしても、家族としてって意味だ」
「だ、騙したのか。この外道」
言いがかりもいいとこだ。勝手に勘違いしたのはそっちだろ。
「まぁ、落ち着け。この事を部長は知ってるのか?」
「知ってるわけないだろ。……てか、あんま驚かないんだな。嫌悪感とかないのか?」
勘違いからとはいえ重大なカミングアウトをしたにも関わらず、態度が変わらない俺を見て不思議そうにこちらを見上げる吉野。
「ないな。別に吉野が誰を好きだろうと俺には関係ないしな」
「そうか」
感情のこもらない口調で本音を伝えると、吉野は素っ気ない返事のあと顔を逸らしながら小声でごにょごにょと何か言っていた。
一瞬『ありがとう』と聞こえた気がしたけど、まさかな。どうせ悪態ついてたんだろう。
「……にしても、吉野も恋愛なんてするんだな。そういうの興味ないと思ってたよ」
先ほどまでの重苦しい空気が和らいだ気がして俺は、ぼやくように呟いた。
「だろうな。ボクだってこの気持ちを自覚したとき驚いた」
「分かるよ……恋ってのは厄介だからな」
「知ったような口を利くな。恋なんてしたことないくせに」
「確かにしたことはない。でも、嫌というほど身に染みて知ってるよ。俺も昔、今の吉野と似たような状況で姉さんと揉めたからな」
言いながら俺は二年前のあの日を思い浮かべる。まあ、俺と姉さんの問題だし詳しく話す気はないけどね。
「慰めならやめろ、虚しいだけだ。彼方は佳乃を好きじゃないんだろ。なのにボクの気持ちが分かるわけ──」
そこまで言いかけて吉野は何かに気づいたようにハッと顔を上げた。
「もしかして逆なのか? 佳乃が彼方を」
「想像に任せるよ」
どちらとも取れない俺の返事に混乱してるのか目をぱちくりさせている吉野。
「か、仮にボクの想像通りだとして関係は変わったのか?」
「吉野の想像は分からないけど、何も変わらない成長するだけだ」
「成長……ボクもするのか?」
「吉野次第としか言えないな。まあ、似たような境遇だし相談くらい乗るよ」
ここらが引き時だと思い俺は、椅子から立ち上がる。
「片付け残ってるし、もう行くよ。後は部長と」
「佑助と何を話せば」
「告白するわけじゃないんだし。それ以外の自分の本心、気持ちを素直にぶつけるのが一番だ。家族なんだからそれで伝わる」
俺がそうだったように部長だって絶対に分かる。吉野の想いが。その上で部長がどう決断するのか知らないけど、悪いようにはならない気がする。
そんな妙な自信をもちながら俺は部室を後にした。
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