第33話 厄介ごと

 片付けを始めること三十分。未だ部長も吉野も戻ってこない。

 残るテーブルの数は二十と少し。このままだと後、一時間はかかるかな。

 先は長いなと遠い目で倉庫内から体育館を眺めていると、横から声が掛かる。


 「どうしたの丸口君。具合でも悪い?」


 顔を向ければ、そこにはテーブルを抱えた白石先輩が立っていた。


 「ああいえ、少し考え事を……それより、部活辞めるってのは本当なんですか?」

 「まあ、ね。って言っても私は秋ごろまではやるつもりだったんだけど……茅野ちゃんが入部した辺りに佑助が突然決めたのよね」


 テーブルを置くと白石先輩はやれやれと肩をすくめる。

 マジか。引退ってそんな簡単に決められるのか。今まで部活に所属した経験がないから知らなかった。


 「よく納得しましたね。先輩なら部長を殴ってでも止めると思ってました」

 「丸口君の中の私ってヤンキーかなんかなのかしら。……もちろん止めはしたけど理由を聞いたら私からじゃ何も言えないなって思ったのよ」


 言い終えるなり。俺の反応を見て何かを察したのか白石先輩は、慌てた様子で言葉を継ぐ。


 「ダメよ。口止めされてるから理由は話せないの」


 確かに気にはなるけど、そんなことより引退云々の方が俺のとっては死活問題なんだよな。


 「部長のことだから何か考えがあるのは分かってるつもりです。ただ、引退ってのが唐突過ぎて」

 「私だってまだ引退はしたくないんだけどね…………丸口君、お願いがあるんだけど」


 手を合わせて怪しげな表情でこちらを見つめる白石先輩。


 「えっ、なんですか急に」

 「ちょっと今から佑助のとこ行って『引退しないで下さい』って泣きついてきてくれないかしら」

 「ちなみに断ったら?」


 笑顔で拳を握る白石先輩。やっぱりヤンキーじゃん。

 まあ、理由がどうだろうと今すぐいなくなられるのは俺も困るし話だけでもしてみるか。

 行ってきますと引き受けることを了承した俺は倉庫を後にした。茅野には何も言わなくていいか、そもそも俺が消えたことにすら気付かない可能性もあるし。


 ……体育館から出て少し歩いた辺りで俺はあることに気付いた。そう言えば部長ってどこにいるんだ。

 吉野を追いかけて行ったわけだが、吉野の居場所も分からないしな。適当に探すか? 

 いやいや、無謀すぎる。そこまで広い校舎じゃないとはいえ新旧合わせて四階建ての校舎だ。当てもなく探すには時間も労力もかかりすぎる。

 あー、なんか面倒くさくなってきたぞ。


 「丸口じゃねえか」

 「あっ、いた」


 前方、階段の踊り場に座り込んだ部長に偶然にも遭遇した。吉野を探しに行ったにしては近くにいたな。


 「吉野とは話せたんですか?」

 「話してねぇよ」

 「じゃあ、ずっとここにいたわけですか」


 俺の言葉に否定も肯定も返さずに、部長は自分の隣をポンポンと手で叩く。

 座れということだろうか。俺は隣に腰を下ろす。


 「……丸口はよ、姉弟ゲンカした時いつもどうしてんだ?」

 「喧嘩ですか……しないですね。というより喧嘩にまで発展しないです。基本的に姉さんが絶対なので俺はもう諦めてますよ、色々と」


 この学校を受験したのだって八割は姉さんの我儘だ。辛いよね弟は。


 「そっか。でもよ、一回はあんじゃねぇのか? 佳乃かのとよ」


 妙に確信めいた目で俺を射ぬく部長。ひやりと背筋が凍る。

 あるにはある。過去に一度だけ。でも、これは両親にも話したことない姉さんとの秘密だ。万に一つも部長が知る由はない。落ち着け、大丈夫だ。


 「えーと、何が言いたいんですか? 仮に俺が姉さんと喧嘩したことがあるとして、それが部長に関係あるとは思えないんですけど」

 「それがあんだよ。誤解してるみてぇだから単刀直入に言う。佳乃とケンカした時どうやって仲直りしたのか教えてくれ」

 「はぇ?」

 「内容までは知らねぇけど昔、佳乃と大ゲンカしたのは去年聞いてっから知ってんだ。そん時どうしたのかオレに教えてくれ」


 あー、そっちか。安心した。けど、意外だな部長そんなん得意だと思ってたのに。


 「あんだよ。未仲とケンカなんて初めてで、どうしたらいいのかわっかんねぇんだよ」


 懐疑的な俺の視線に不貞腐れたように顔を背ける部長。


 「部長。一つ、簡単にかつ手っ取り早く仲直りする方法ならありますよ」

 「おぉ! なんだよ、やるじゃねーか。で、その方法は?」

 「引退宣言を取り消すんですよ。そうすれば吉野の機嫌も戻ります」

 「……そりゃ無理だ。オレが消えることに意味があんだ。取り消すわけにはいかねぇ」


 まあ、当然そうなるか。やっぱ原因を知らなきゃダメかもな。


 「なら、聞きますけど。部長が引退に拘る理由って何なんですか?」


 これで、吉野が言ったみたいに、白石先輩との時間を大切にしたい的な内容なら怒るぞ。

 部長は溜息交じりに口を開いた。


 「元々、青援部の奴には話すつもりだったからいいけどよ。他言すんなよ」

 「分かりました」

 「……オレが引退すんのは未仲のためだ」

 「えーと、もう少し詳しくお願いします」


 一度、深く深呼吸してから部長は俯いたまま語り始めた。


 「……ガキの頃からあいつはオレにべったりでよ、友達も作らねぇでオレの後ばっか追いかけてきやがんだ」


 俺の知らない吉野の話。けれど、容易にその姿が脳裏に浮かぶ。


 「小学生まではそれでもよかった。時期に離れてくと思ってたしな。でもよ、オレが中学に上がってから、それが悪化してな……問題を起こした。さすがにヤバいと思ってよ、高校に入学しても変わらないようならオレが何とかするしかねぇって決めたんだ」


 部長の拳に力が入る。


 「だから、強引にでも勧誘したし、依頼だってオレは関与しなかった。そのおかげで、今の青援部には丸口と茅野ちゃんがいる。あいつは一人じゃねぇ……なのに、まだオレに固執してっから引退することにしたんだ」


 これで全部だと言わんばかりに息を吐いた部長は握りこぶしをほどいた。

 なるほど、多少ごり押しが過ぎる気もするけど……部長なりに吉野を心配しての行動だったわけか。そりゃ白石先輩も納得せざるを得ないな。


 「話は分かりました。その上で吉野と仲直りしたいなら、部長の素直な想いを伝えるのが一番だと思いますよ」

 「丸口は佳乃にそうしたのか?」

 「はい」


 吹っ切れたように部長は大きく伸びをする。


 「オレもそうすっかな。……なあ丸口、オレの前に未仲と先に話しをしてくれねぇか?」

 「えっ、何でですか」

 「何となくオレたちと丸口は境遇が似てるからな。丸口の話が未仲のためになる気がしてよ」


 ニカっと爽快な笑顔を浮かべる部長。吉野、お前が想うように部長も吉野のことを想ってるぞ。


 「部長もたいがいですね。別にいいですけど、どこにいるか分かんないですよ」

 「安心しろ、あいつは部室にいる」

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