第32話 交流会閉会

 午後五時。

 体育館のスピーカーからアナウンスが流れ、二時間にも及んだ交流会はその幕を下した。


 ここからは後片付けの時間だ。

 青援部の活動ってことでようやく姉さんから解放された俺は、部長たちと合流を果たした。


 「お疲れ様です。お待たせしました」

 「お疲れ様……なんか服が乱れてるけどどうしたの?」

 「いえ、気にしないで下さい。ちょっと災害にあっただけです」


 俺は乱れた服装を直しながらまだ全員揃っていないことに気がつく。


 「吉野と茅野さんはまだ来てないんですか?」

 「茅野ちゃんはさっきまでいたんだけど未仲と丸口君が中々来ないから探しに行ったのよね」


 白石先輩は茅野が走って行った方へ顔を向ける。

 釣られて俺も視線を動かすがその先に茅野の姿はない。


 「入れ違いになったか……」

 「みたいだな。ま、問題ねぇだろ。それより姫なんか食い物もってねぇーか?」

 「ないわよ。あれだけ時間があって何も食べなかったの?」

 「だってよぉ、色々と頼まれて飯食ってる暇がなかったんだよ」

 「はぁ……しょうがないわね。アメちゃんあげるからこれで我慢しなさい」


 この二人って恋人っていうか、もう夫婦だよな。

 なんだか両親を見てるみたいで小っ恥ずかしくなった俺は、体育館の出入り口へと目を移す。

 すると、嫌そうに顔をしかめている吉野の手を引いた茅野が帰ってきた。


 「ただいま戻りました!」

 「ありがとう茅野ちゃん。それで未仲はどこにいたの?」

 「部室でダラダラしてました!」

 「もしかして、サボろうとしてたんじゃないでしょうね……どうなの未仲?」


 白石先輩に鋭い眼光を向けられた吉野は、即座に茅野の背後へと隠れがら、


 「ち、違う。単純に行きたくなかっただけだ」


 と、なんの言い訳にもなっていない戯言をほざく。

 それをサボりというのだよ吉野。

 天誅とばかりに頭をぐりぐりされている吉野。声にならない声が体育館に響いた。


 「おーし、じゃま全員揃ったことだし説明始めんぞ。オレたち青援部に任されたのは体育館内のテーブルの片付けだ。で、その後に──」


 部長の説明を聞きながら俺は、ちらりと体育館を見渡す。

 設置されたテーブルの数は三十個程。一人でも運べるサイズから二人以上で運べる物まである。その全てをここにいる青援部の五人で片付けなければならない。結構な重労働だ。


 準備の際にいたボランティアもいるにはいるが、数が劇的に少ない上に生徒会の指揮下についていて手伝いは見込めない。

 吉野のやる気もなさそうだし、実質四人かな。

 などと内心でため息をついている間に部長の話も終わりそうだ。


 「──それと、始める前に最後に一つ言っとくことがある。この依頼を持ってオレと姫は青援部を引退する」


 突然の引退宣言に思考がフリーズする。


 「えっ、いやちょ……は?」


 意味が分からなかった。というより頭が追いつかない。

 驚きに固まる俺をよそに苦虫を噛み潰したような面持ちの吉野が口を開く。


 「っ……本気なのか佑助?」

 「ああ、もう決めた。青援部は未仲と丸口、茅野ちゃんの三人に託す」

 「…………なら、ボクも辞める」

 「は? ふざけんな! 青援部を辞めるなんてオレが認めねぇ!」


 部長らしくない強めな語気に怯みながらも、吉野は負けじと部長を睨み付けると、


 「……いやだ、嫌だいやだ嫌だイヤだぁ‼ ボクは佑助がいるからこの部活に入ったんだ! 佑助がいない部活なんてボクは嫌だ‼」


 息を切らず矢継ぎ早に声を張り上げて訴えた。


 「いい加減にしろ! お前だってもう高校生だろ、いつまでもオレに拘ってんじゃねぇ」


 わがままを言うなと部長は叱責する。言い返す言葉がないのか吉野は、涙目のまま口をつぐみ俯いた。

 そして長い沈黙の後、吉野は静かに呟いた。


 「……邪魔なんだろ、ボクのことが」

 「何言ってんだ。誰もそんな話はしてねぇだろ」

 「姫との時間を邪魔されるのが嫌なんだろ! だからボクを追い出そうとするんだ」

 「おい、み──」


 ぽろりと一粒の雫がこぼれ落ちる。


 「じゃなきゃ、こんな時期に引退なんてするわけないだろ‼ もういい!」


 不平不満をぶつけるように一方的に言い切ると、吉野はわき目も降らずに走り去る。

 訪れる静寂。握りこぶしを解かず固まったままの部長。

 突然の出来事に俺も茅野も動けずにいる。えー何が起こってるんだ。

 そんな重たい空気の中、当事者であろうに沈黙を貫いてきた白石先輩が声を掛ける。


 「佑助、追いかけなさいよ」

 「知るかあんな奴。ほっとけばいんだ。片付け始めんぞ」

 「妹でしょうが! あんたが追いかけないで誰が追いかけんのよ」


 意地を張ってるのか、白石先輩の言葉に耳を貸さず作業に取り掛かろうとする部長に、怒りの声が上がる。

 普段なら躊躇なく手を上げそうな状況だが、今の白石先輩は言葉で目で訴えている。


 「ちっ、分かったよ。あのバカ」


 いつになく真剣な眼差しの白石先輩に部長は、覚悟を決めたのか粗雑に頭を搔くと、吉野の後を追いかけるように駆けていった。


 「さて、未仲のことは佑助に任せて私たちは片付けを始めましょうか」

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