第31話 交流会その4

 課題もこなし交流会が閉会するまで特にやることがなくなった俺は、休憩がてら体育館隅の壁にもたれながらボンヤリとプリントを眺めていた。


 一条、桐崎、松岡、茅野姉、そして白石先輩。その誰もが青春援助部に入部して活動に参加したから出会えた人達だ。

 他にも吉野や麻倉、茅野に部長。本来想像していた高校生活じゃ絶対に関わり合いを持つことなどなかった。


 入学から二ヶ月。数か月前までの背景だった頃とは確実に状況が変化し続けている。

 俺自身は何一つ変わってないのにな。


 「休憩ですか丸口さん」


 俺を見上げるようにして目の前に現れたのは茅野だ。


 「まあね……えっと、嬉しそうだけど何かあったの?」

 「ふふん、よくぞ聞いてくれました。見て下さい! 二十人も埋まりました‼」


 待ってましたと言わんばかりに得意げな表情の茅野は、見せつけるようにしてプリントを掲げる。

 あ、ホントだ。同学年が多いけど、上級生もちらほら混ざってるな。

 素直に凄いな、これが陽キャのコミュ力ってやつなのか。


 「丸口さん丸口さん。どうですか? 私すごいですか?」

 「えっ……うん、普通に凄いと思うよ」

 「やったー! もっと褒めてください」


 満面の笑みで喜ぶ姿はまるで、ぶんぶんと尻尾を振る犬みたいだ。

 テキトーに褒め散らかしていると、なにやら思い出したのか茅野は分かりやすくポンと手を叩いた。


 「そうだ、丸口さんにお願いがあってここに来たんです」


 どうやら自慢しに来たわけではなかったらしい。にしてもお願いか、面倒ごとの予感しかしない。


 「丸口さんのお姉さんを私に紹介してください」


 少しまじめな表情で告げられたのは、先日にもお願いされた姉さんの件だ。月曜日の放課後に勝負したガイスターで納得したものだと思ってたのに、まだ諦めてなかったのか。


 「それって茅野さんが負けたってことで決着しなかったけ?」

 「確かに一度は納得しました。けど、私は思いついたんです。今は交流会の最中だから無問題モーマンタイなのでは、と」


 茅野にしては頭が冴えてるな。しかし俺も引き下がるわけにはいかない。


 「いや、でも姉さんがどこにいるか分かんないし無理じゃないかな」

 「体育館にはいるから大丈夫です。丸口さん、だめですか?」


 潤んだ瞳でこちらを見上げる茅野。普段ならここで折れるが、今回ばかりは俺も心を鬼にせざるを得ない。だって俺の命にかかわるからね。

 穏便にかつ相手を傷つけずに断る方法を思考し沈黙を貫く俺を見つめ続ける茅野。

 訪れた静寂を切り裂くようなドス黒い空気が前方から押し寄せてきた。


 「やっと見つけた、こんなところにいたのね。……誰よ、その女」

 「姉さん……」


 終わった。最悪のタイミングで絶望がやってきた。バトル漫画の主人公の気分が今分かったよ。


 「わっ、美人。この人が丸口さんのお姉さん」

 「あんたに女子の友達がいるなんてお姉ちゃん聞いてないんだけど。怒らないからどういう訳か説明しなさい」


 自然と挟まれる形から逃れるように俺の隣へ移動した茅野から視線を切り、こちらへと詰め寄ってくる姉さん。一歩ずつ距離が縮まる度に殺気に似た負のオーラが強まっている。


 「いや、ほら。交流会の課題だよ。俺も高校生だし少しは頑張って見ようと思って」


 咄嗟の事とは言え、我ながら上手い言い訳だ。だが、肝心の姉さんは半信半疑なのか疑わし気な目だ。

 流石にもうひと押し必要か。ちらり、俺は隣に立つ茅野へアイコンタクトを送る。


 「だよね、茅野さん」


 気付け茅野。この場を平穏に収められるのはお前しかいない。

 俺からの合図に気が付いてくれたのか茅野は口を開いた。


 「課題って何のことですか? 私と丸口さんは同じクラスなので禁止でしたよね」


 ちくしょう、茅野に期待した俺がバカだった!


 「よくもお姉ちゃんに嘘をついたわね。罰としてこれからお姉ちゃんとお茶しなさい」

 「えっ、ヤダ。謝るから許してよ」

 「ヤダもゴメンもなし。聞きたくない」


 なんて理不尽な。もう逃げるか。

 タイミングを計り動き出そうとした俺の思考を先回りする如く、素早く制服を掴み連れて行こうとする姉さんへ茅野が待ったをかける。


 「あの、少しお時間もらえないですか。お話したいです」

 「ごめんなさい。弟を誑かそうとする女と話すことは何もないの」

 「待ってよ姉さん。茅野さんは元々姉さんに用があって俺を頼ったんだ」

 「それが本当かどうかはどうでもいいの」


 ささやかな抵抗もむなしく引きずられながら、ごめんとポーズを取る俺に茅野は『気にしないでください』とでも言いたげに笑顔で首を降った。

 結局その後、交流会が閉会するまで俺が解放されることはなかった。

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