第28話 交流会その1
金曜日。
先程、佐助先輩の開会の挨拶が終わり幕を開けた交流会の会場である体育館の中は、その名の通り学年クラス問わずに盛り上がり始めていた。
部活動以外では普段関わることのない生徒同士が物の数分で語らい和やかになるなんて不思議だが、その訳は佐助先輩から告げられた課題によるものだ。
内容はシンプルで体育館に入った時に手渡されたプリントに他学年、又は他クラスの生徒に訊いたプロフィールを書き込むこと。言わば簡易的な自己紹介シートを作ること。
相手への質問も名前と学年にクラスと趣味。たったこれだけの簡単な作業だ。
この課題のおかげで円滑に交流会が進んでいる。
しかし、簡単に見えるこの課題にも難題が二つほど存在する。一つはノルマ。最低でも五人の生徒とプロフィールを交換し合わなければならないこと。一人でいいじゃん。
もう一つが初対面の相手に話しかけることだ。部活や交友関係の広い陽キャであれば、向こうから声を掛けてくれる楽勝の案件だが、そもそも友達なんていない陰キャでは話しかけられることはなく、知らない誰かへ呼びかけるのも難しい。
ならばサボればいいのだが、六時間目の授業の一環として組まれている以上、やらなければ欠席扱いになってしまう。理不尽だ。
だが、佐助先輩はそんなボッチの救済制度もしっかりと完備してくれている。体育館の出入口に設置された受付場には生徒会の人がおり、行き場に困った人同士をマッチングしてくれるのだ。ほんと部長と兄弟なんて思えないな。
さて、俺も利用しに行きますか。
と、出入り口に向けて歩いていた俺の前に一人の男子生徒が現れた。
「よっ丸口。探したぞ」
青みがかった黒短髪に爽やかな笑みを浮かべるのは、久々登場の一条だ。
「オレと交換しようぜ」
「まあ、いいけど」
棚から牡丹餅。労せずに一人目が見つかった。
名前やクラスは知ってるし、訊くのは趣味だけだな。
「えっと……一条の趣味ってなんだ?」
「特にこれと言ったのはねぇけど、料理は好きだな」
「そういえば弁当も自分で作ってるんだっけ」
「まあな。母ちゃん作ってくれねぇからな」
へー、俺ん家と似てるな。うちはやたらと姉さんが作りたがるせいで母さんが作らないだけだけど。
「ん、ありがとう。これで一枠目は埋まったよ」
「こっちこそありがとな。同クラが禁止なせいで困ってたから助かったぜ」
一条は人好きのする笑顔を見せると、思い出したかのように声を漏らした。
「一枠って言ってたけど、この後の当てはあるのか?」
「ないけど、生徒会の人がなんとかしてくれるっぱいし大丈夫でしょ」
俺の言葉に一条は誰かを探すように辺りを見回すと手を振り上げた。
「おーい
と、大きな声で呼びかける一条に気づいた一人の女子生徒が、こちらへ小走りで近寄ってくる。
「なによ一条。私忙しいんだけど」
不満を漏らすわりにどこか嬉しげな様子で現れたのは、綺麗に整ったブロンド髪に水色の大きなリボンを着けた美少女。桐崎、……だ。
確か一条と同じ三組で麻倉の友達だか親友だか恋敵だったような。
「悪いな、丸口とも交換してやってくれないか」
「別にいいけど……それだけ?」
「だけだけど、ダメだったか?」
毛先を指でいじくりながら期待したような目線の桐崎に対して、鈍感なのか一条は首を傾げる。
そんな一条の態度に桐崎の表情に苛立ちが現れる。
「あっそ、もういいわよ。じゃあ、さっさとやるわよ」
「なんで不機嫌になるんだよ。オレ何かしたか?」
別に何もしてないけど……一条は大変だな。
桐崎がプリントへ書き込んだのを確認した後、今度は俺が質問をする番だ。こうして桐崎と向き合うのは初めてのため、若干緊張する。
「えっと、じゃあ名前は?」
「桐崎奈央よ。一回自己紹介したことあるでしょ、何で覚えてないのよ」
それはごめん。
「趣味は?」
「体を動かすことと……漫画」
へえ、漫画が好きなんだ。意外だな。
「何の漫画を読むんだ?」
「しょう……別に何でもいいでしょ。あんたに言ってもわかんないわよ」
言ってみないと分からない気がするが。にしても、どうしてカリカリしてんだろ……原因は俺か。
「あの、桐崎さん、名前を忘れてた事が気に障ったのなら謝るよ、ごめん。あの時はちょっと立て込んでたせいで頭から抜けちゃってたんだ」
「謝らなくてもいいわよ。今まで忘れられたことなんてなかったから少しビックリはしたけど、私が気にしてんのは……」
イラついた態度から一転して、ごにょごにょもじもじと落ち着きない様子の桐崎。
よく見れば、桐崎の視線は時折一条をとらえている。理由は検討つかないけど俺のせいではないっぽい。
「……どうした二人して?」
自覚のないらしい一条の反応を見て桐崎は肩を落とす。
いつまでもここにいても仕方ないし撤退するか。
「二人ともありがとう。じゃ、じゃあ俺はこれで行くよ」
「もう行くのか? まだ全部埋まってないだろ協力す──」
「いや、大丈夫。後はこっちで頑張るから一条は桐崎さんの方を手伝ってあげなよ」
一条の言葉を遮り、俺は有無を言わせず足早にその場を後にした。
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