第27話 交流会準備その2

 木曜日。


 「説明は以上だ。各自調理に入ってくれ」


 放課後。佐助先輩の合図を機に動き始めた家庭科室内は賑やかな雰囲気に包まれていた。


 カチャカチャと音を立てる調理器具。ホカホカのお米や具材の香り。キャッキャウフフと談笑に花を咲かせる女子生徒の声。

 昨日の男女入り乱れるキラキラした場とは打って変わった、女子の花園とも呼べる家庭科室。そんな場所にどうしているのか?

 端的に言い表すのならば、これも依頼の一環だ。

 何でも、明日の交流会ではささやかながら料理が出るらしいのだが、三学年分の調理ともなると家庭科部だけでは手が足りないらしく、前日の仕込みを含め補助として青援部に招集がかかったのだ。


 早速、割り当てられた作業に取り掛かるべく、食材の並ぶ調理実習台へ顔を向けた俺の視界に、一人壁にもたれかかる吉野の姿が映る。

 昨日と同じく部長の元には行かず、ただ漫然と時が過ぎるのを待っている。

 クラス内では特段変わった様子もなかったし、授業だって普通に受けてたから、てっきり立ち直ったんだとばかり思ってたけど……今の吉野は、どこか落ち込んでる様に見える。


 原因がナニカは分からないけど、タイミング的に俺が全くの無関係とも言い切れない。

 だとすれば俺にも責任はあるわけだし、お詫びの意も込めて腕を振るうか。

 よしっ、と気持ちを新たに俺は、調理実習台に置かれた食材を迷わず手に取る。


 「完成だ。我ながらうまく作れたんじゃないか」


 物の数分で出来上がった力作のおにぎりを手に持ち、俺は吉野のそばに近寄る。


 「えーと、ちょっといいか吉野」

 「彼方か、なにか用か?」

 「あーまあ、その……なんだ、昨日は悪かった。お詫びってわけでもないけどおにぎり作ってきたからさ食べないか?」


 たどたどしくはあったがちゃんと言えたことに安堵する俺。


 「お詫び? ……ま、くれるって言うならもらうが」


 訳が分からないとでも言いたそうに困惑しながらも、俺の手からおにぎりを受け取った吉野は、ぱくりと小さな口で食べ始めた。


 「はむ、もぐもぐ……はむ、もぐもぐ…………ツナマヨか」


 特に会話などもなく無心で食べ終えた吉野は、またしてもどこか遠い目で呆け始める。

 いつもなら美味い不味いに関わらず嫌味やからかいの一つでも入れてくるだけに、今の吉野はどこか変だ。

 そんな普段とは違う物憂げな目線の先には、やはり部長がいた。


 「なにかあったのか?」

 「別に……」


 俺の方を見もせずに素っ気ない態度で応える吉野。


 「……えっと。もし悩みとか困ってることがあるなら相談ぐらい乗るぞ。この一か月、仮にも色々と助けられたしな」

 「ボクは元気だ。彼方が気にかけるようなことは何もない」


 部長から視線を切り、こちらを見る吉野の碧眼からは、安易に『お前には関係ないから首を突っ込んでくるな』という強い意志を感じた。

 直後、背後から張り詰めた重たい空気を切り裂くように、軽快な声音が耳朶を打った。


 「丸口さーん! 見て下さい私特性のおにぎりが完成しましたよ‼」


 元気よく現れた茅野の掌の上には、黒色に染まった球体が乗っていた。


 「……何で真っ黒なんだ?」

 「これは佃煮です。知らないんですか?」


 知ってるわ。俺が訊きたいのはそこじゃない。


 「食べて下さい」

 「いやだけど」


 当然の反応に笑顔だった茅野の表情が曇る。

 悲しそうな顔をしても無駄だ。今回ばかりは絶対に食べたくない。


 「おいおい丸口。せっかく茅野ちゃんが真心込めて作ってくれたおにぎりを食わないなんて男が廃るぜ」


 言いながら現れたのは部長だ。白石先輩は未だ作業中なのか隣にはいなかった。


 「いや、でも……さすがにこれは……」

 「いいじゃねーか食ってやれよ。案外うめーかもしんねーぞ」


 部長は馴れ馴れしく俺の肩に腕を回しながらわき腹を小突いてくる。ウザイ。


 「これ、中に何か入ってたりする?」

 「入れられるものは全部入れました。おいしくなると思って」


 最悪だ。絶対に不味い事が確定した。

 無理ですと部長へ視線で訴えるが、同情の色はないのかニヤニヤとしている。


 「だめですか?」


 渋る俺に茅野は、悲しそうに潤んだ瞳で見つめている。

 どうやら逃げ道はないらしい。


 「分かりました、食べますよ」


 覚悟を決めた俺は、茅野の手に乗るおにぎりを掴み口へと放り込んだ。

 ──それから先の記憶はない。

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