第26話 交流会準備その1
翌日の放課後。
交流会の準備のため、遅れながらも体育館に現着した俺は、驚きの余りその場から動けずにいた。
視線の先では二十人近くもの見覚えのない生徒たちが、せっせと作業に取り掛かっている。
てっきり青援部のメンバーと、よくて生徒会の人達だけかと思っていたのにどういうことだ?
俺は人の多さに戸惑いながらも見つけた部長の元へ足を運──
「あっ! 丸口くんだ」
──ぼうとした矢先。見覚えのあるゆるふわ銀髪が眼前に現れた。
「麻倉さん……」
「テーブル運ぶの手伝ってよ」
にこりと笑顔を浮かべながら円形のテーブルを指さす麻倉。
「え? 何でここにいるの?」
「いいからいいから。まずは運ぼうよ」
促されるまま麻倉とは逆のヘリを掴みテーブルを持ち上げる。
「どこに運ぶの?」
「えっとね、バッテン印のテープが貼ってあるとこだよ」
よく見ると緑のガムテープで作られたバツ印が等間隔で床に貼られている。
既に設置されたテーブルもいくつかあり、その上にはクロスが敷かれていた。
「凄いよね。立食パーティーするんだって、やっぱり高校生ともなるとやることも派手だね」
「ふーん。で、何でここにいるの?」
「ボランティアだよ、ボランティア。今朝のホームルームで先生言ってたじゃん」
そうだっけと首を傾げる俺に、ヤレヤレと首を振る麻倉。
そうこう話してる内に印の上まで辿り着き、ゆっくりとテーブルを下ろす。
「そうだ、丸口くん。今週の土曜日って空いてる?」
「特に予定はないけど……」
「だよね。
一条と三人……面倒ごとの予感がする。ようやく全てのしがらみから解放されたんだし休日は家でゆっくり過ごしたいんだけど。
俺の嫌そうな反応に、麻倉は目を細める。
「私に協力するって約束だよね」
「でも、五月までって話じゃなかったけ?」
「そうだけど、五月ってほとんど何もしてないしいいでしょ? これで最後だから」
そう言う麻倉の表情は、いつの間にか覚悟を決めたような真剣なモノへと変わっていた。
最後……その言葉が意味するところはきっと一つしかない。
「……分かった、見届けるよ」
俺の返答に満足、あるいは安心したのか、いつもの笑顔に戻った麻倉は『じゃあ、またね』と手を振りながら走り去っていった。
「まーるぐーちさん」
明るい声音と共に現れたのは茅野だ。
「麻倉さんと何を話してたんですか?」
「ああ、何か土曜日に遊ぼうって──」
言って気づく。しまったと。
楽しい事なら何でも大好きな茅野が今の話を聞いてスルーするとは思えない。むしろ十中八九、乗ってくる。
「私も遊びたいです‼」
ほらね。
普段なら別に構わない、むしろ茅野を生贄にして俺は家にこもるところだ。
しかし今回はマズい。さっきの真剣な眼差しを見たから分かるが、土曜日は麻倉にとって大事な日になる。名目は遊びでもお遊びなんかじゃない、はずだ。
だから不安要素にしかならない茅野の介入は望むところじゃない。
なんとか断らないとな。
「いや、どうだろ。俺の一存じゃ決められないし無理かもしれない」
「だめですか?」
……ぐ、この表情に弱いんだよな。
「あ、麻倉さんに聞いてみないと何とも」
「じゃあ、聞いてきます!」
そうと決まれば猪突猛進、茅野は一目散に麻倉目掛けて駆けて行った。
まあ、俺よりコミュ力の高い麻倉なら穏便に断るだろ。
楽観的に気持ちを切り替えていた俺の視界に、ふと舞台上で作業している部長の姿が映った。
気になった俺は、挨拶も兼ねて舞台の上へと移動する。
「部長、お疲れ様です。何してるんですか?」
俺の呼び掛けに胡坐座りのまま、振り返った部長はにへらと笑顔を浮かべる。
「おう、丸口か。横断幕書いてたんだ」
そう言って部長が指をさした先には、横長の用紙が広げられており、達筆な文字で『祝 友橋高校交流会!』と書かれていた。
「上手いですね。部長が書いたんですか?」
「ちげーよ、姫が書いたんだ」
「へー、意外ですね。白石先輩って大雑把だと思ってたので」
「ふーん。丸口君って私の事そんな風に思ってたのね」
袖から白石先輩が現れる。ゾクリと背筋を汗が伝う。
「すいませんでした、謝るので暴力だけは何卒」
即座に土下座を披露する俺。こういう時は己のプライドなど捨てて謝るのが一番だ。だって、白石先輩の力は姉さんとは比にならない死に直結するモノのだから。
「振るわないわよ。私の事何だと思ってるのよ」
暴力で全てを解決しようとする、姉さんみたいなタイプだと思ってます。口には出さない、出せないけど……
「普段の殴る蹴るの暴行を見てりゃ無理ねーだろ。でもよ、姫はこう見えて手先だけは器用でよ、料理とか裁縫とか出来んだぜ」
「うっさいわよ。アホ」
部長の珍しいベタ褒めに頬を染める白石先輩。
「知らなかったです。白石先輩って女子力高いんですね」
「まっ、センスはねーけど、将来いい嫁になる事は間違いねーな。オレが保証すんぜ」
「嫁って……あんた、そんな恥ずかしい事よく言えるわね」
「事実だかんな。また、飯作りにきてくれよ」
「……いいわよ、今度行くって
顔を真っ赤に染めながら顔を逸らす白石先輩に、部長は『おう』と笑顔を浮かべる。
なんだか甘い雰囲気が流れ始めてる? なんか気まずいし、退散するか。
部長たちに一言断りを入れた後、俺は何件かの手伝いをこなしてから休憩がてら、一人体育館の隅に腰かけていた。
疲れたな。肉体的にも精神的にも。ほんのひと月前まで背景、モブみたいな生活を送ってただけに、こんな風に活気に満ちたキラキラした場所にいるのは慣れないな。まあ、今もモブであることに変わりはないんだけど。
物思いに耽る俺の目の前を小柄な人影が過ぎる。
「サボリとはいいご身分だな」
俺の隣に座り込んできたのは吉野だ。
「サボってない休憩だ、休憩。むしろサボってたのはそっちじゃないのか? 全然見かけなかったし」
「ボクはひ弱なんだ。女子だからな」
「そうか……ちっちゃいもんな」
無言で俺の肩を叩いてくるが、なるほど。全然痛くない。
「珍しいな部長と一緒にいないなんて」
「気分じゃないだけだ」
そう言って吉野は物憂げに一転を見つめる。何気なしに視線の先を追うと舞台上に立つ部長に辿り着いた。もう、横断幕は完成したのか白石先輩と紙ヒコーキを飛ばして遊んでいる。あっ佐助先輩に怒られてる。何やってんだか。
舞台上で正座させられている二人を眺めていると、不意に吉野がこんな事を訊いてきた。
「彼方の姉に恋人はいるのか?」
「どうした急に?」
柄でもない吉野の質問に意図がつかめず訝しむ俺。
「いいから答えろ」
「いないと思うけど」
「じゃあ、仮に出来たら彼方はどう思う?」
んー、考えたこともなかったな。姉さんに彼氏か……ダメだ、想像できないな。
そもそも、姉さんは二年前の失恋を今でも引きずってる。それを知っているからこそ姉さんに彼氏がいる未来が見えないし、その時に俺が抱くであろう気持ちも感情も、
「……分からないな」
「?」
俺の返事が予想外だったのかこてりと首を傾げる吉野。
「悲しくないのか? 辛くならないのか?」
「うーん…………やっぱ、分かんないな。吉野はどうだったんだ? 部長に彼女が出来た時」
質問した直後、青ざめた顔の吉野を目にして失敗だったことに気づく。
「いや、大丈夫だ。答えなくていい」
部長と仲がいいのは知ってたけど、ここまで心境に影響することだったのか。
やがて、落ち着いたのか吉野はゆらりと立ち上がる。
「体調が悪い。今日はもう帰る」
「部長呼んでこようか?」
「……いい」
背中を丸めながら、去っていく吉野を見つめて思う。やっぱり人付き合いは難しいと。
だって、どこに地雷があるか分からないんだから。
それから程なくして俺は、重い腰を上げて作業へと戻った。
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