第三章

第25話 部長の弟その名は佐助

 翌日の放課後。テスト明け初となる全員集合に部室内は賑わっていた。

 今日は茅野が入部して初めての部活なのだが、部長たちと楽しげにボドゲを遊んでるとこを見るに、どうやら問題はなさそうだ。

 これが陽キャ特有の順応力か。


 そんな中、俺はというとボドゲには参加せずに楽しみにしていたラノベ『俺の妹の中身が元、教え子だった件』通称、教の子を読んでいる。

 教の子は、お互いの前世を知ったところから物語が始まるのだが、妹が自分の事を異性として好きだと知らない主人公と肉体的に血が繋がっている問題を無視して迫ってくる妹、という結構生々しい設定をコミカルに描いているのが読んでて面白いのだ。


 ああ、現実もこれくらい単純で分かりやすければ楽なのにな。

 読み終わった一巻を置き、しみじみと二巻へ手を伸ばした時だった。

 コンコンと規則正しいノック音が響き、次いで『入るぞ』と声が聞こえ扉が開いた。

 中に入ってきたのは、キリっとした眉と短く切りそろえられた赤髪が特徴の男子生徒だった。


 「っち。何だおめーかよ」


 開口一番に口を開いたのは部長だ。入口に立つ男子生徒を一瞥すると、興味なさげに顔を逸らしてプレイに戻る。

 

 「大分人が増えたな」


 ポツリ。男子生徒が呟く。

 いつもなら部長か白石先輩のどちらかが出迎えるのだが、今回は何故か二人とも動こうとはしない。それよか気づいていないかのように三人ともゲームに没頭している。

 さすがの茅野もこの状況には若干戸惑っている様子だ。


 そんな失礼と捉えられても仕方ない部長たちの行動を、男子生徒は気にせずに部室を見回すと一つ咳ばらいを挟んだ。


 「まずは自己紹介させてもらおう。知っている者もいると思うが僕は友橋ともはし高校生徒会の会長を勤めている三年、吉野佐助よしのさすけだ。今後顔を合わせることも増えるだろうからな、以後よろしく頼む」


 男子生徒は礼儀正しく、ぺこりと頭を下げた。

 ……名字が吉野に部長と同じ赤髪……もしかして、前に吉野が言っていた部長と双子だっていうもう一人のお兄さんか⁉


 「いいのかひめ? ダブルヘッドを使わないと育てたサメが死ぬ死ぬ事になるぞ。ま、使っても死ぬけどな」

 「…………‼」

 「いダァ⁉ えっ、何でオレ殴られたの? ねえ何で?」


  尚も部長たちは男子生徒、もとい佐助先輩を蚊帳の外に騒ぎ続ける。

  気のせいかこめかみがピクピクと動いている気がする。


 「本日ここにきたのは他でもない、青援部せいえんぶに依頼を持って来た」

 「おい、まて未仲。やめろ……うあぁぁぁ、せっかく育てたオレの『トリプルヘッドバーニングアイストルネードジュラシックシャーク』がーー‼」

 「見せびらかしてるのが悪いんだ」

 「僕を無視するなー‼」


 ついに我慢の限界が来たか、机に両手をつき叫ぶ佐助先輩。

 これには部長たちも無視できず視線が佐助先輩へと集中する。


 「うるせーな。いたのかよ、全然気づかなかったわ」

 「嘘をつくんじゃない! 僕を見て舌打ちしたじゃないか!」

 「まぁまぁこれでも飲んで落ち着きなさいよ」

 「むっ、いただこう」


 白石先輩に促され席に着いた佐助先輩は淹れてもらったお茶をすする。


 「何しに来たか知らねえけど、それ飲んだら帰れよ」

 「だから、青援部に依頼を持って来たと言っただろう」

 「ケッ。やだね。オレらは便利屋じゃねーんだよ」


 帰れ帰れと追い払うように手を振る部長。


 「なっ、なんだとー! ここは青春を手助けする部活じゃないか。引き受けろ佑助」

 「つーん。何も聞こえねー」


 部長は露骨に耳に手を当てそっぽを向く。


 「くっ、あくまで引き受けないつもりか。……ならば勝負だ佑助‼」

 「あぁ? するわけねーだろバカか?」

 「そうか、負けるのが怖いんだな。そういえば前回も僕の佐助帝国に成す術なく敗北していたな」

 「は? 負けてねーし。上等だ、おめーのへなちょこ国なんかオレの佑助王国が返り討ちにしてやるぜ」


 佐助先輩のあからさまな挑発に乗った部長は分かりやすく左拳を右手で押すが、音は鳴らなかった。

 微妙になった空気を誤魔化すように部長がスマホを取り出したのを見て、佐助先輩もまた自身のスマホをポケットから出す。

 それを傍観してた白石先輩は長くなることを感じ取ったのか、諭すように口を開いた。


 「はいはい、後輩の前なんだしそこまでにしときなさい」

 「断る。これは僕と佑助の勝負だ、部外者は黙っててもらおう」

 「はあ? なにか文句でもあるわけ?」


 一転。優しく綺麗だった声音からドスの効いた声に変わると共に白石先輩の背後に般若が出現した。


 「待て分かった、この続きは家に帰ってからつけるからな、逃げるんじゃないぞ」

 「こっちのセリフだっつーの。用が済んだなら帰れよ」

 「言われなくてもそうする。……って、違ーう! 僕は依頼をしに来たんだ」

 「だから断るつってんだろ」

 「佑助がやらないなら他のみんなでやるけど?」


 白石先輩の素っ気ない態度に、部長は少しの間考え込むと、


 「……わーったよ。これで最後だし引き受けてやる」


 と、わざとらしく頭を掻きながら顔を逸らした。


 「で? 具体的に何の依頼なんだ?」

 「うむ、では改めて。今回の依頼は今週末、金曜日に開催される交流会こうりゅうかいの準備の手伝いだ」

 「はい、質問です! 交流会ってなんでしょう」


 元気よく手を挙げた茅野に部長が答える。


 「一年から三年までの全学年集めてパーティーすんだよ」

 「パーティーか~」


 確か、六時間目から放課後も使って実施されるんだっけ。その日は各部活動も休みになるって昨日のホームルームで先生が言ってたな。

 まあ、パーティーなんて聞こえはいいが、実際は陽キャやリア充たちがワイワイするだけのイベントだろう。

 俺みたいなぼっちや陰キャからしたら、最低でも一時間は強制的に拘束されることが確定している地獄の時間だ。

 と、来る交流会に内心で辟易している俺の、二つ隣に座る吉野が疑問を零す。


 「どうしてこの時期なんだ? 交流会なんて名前なら四月でよかったろ」


 もっともな吉野の疑問に佐助先輩が答える。


 「理由は来月に控えた体育祭だ。我が校の体育祭は他校と比べると少々特殊でな、そのための前準備、要は慣らしみたいなものなんだ」

 「特殊か~。……みんなで鬼ごっこでもするんですかね?」


 それは特殊じゃなくて異常だ。高校の体育祭で鬼ごっこするなんて正気の沙汰じゃない。


 「似たような競技はあるが、問題はそこじゃない。この高校では──」

 「赤組と白組に別れて対決すんだ」


 佐助先輩を遮り部長が答える。心なしかしょんぼり顔だ。


 「来週に組み分けが発表されて、各組での合同練習が始まるのよね」

 「その通りだ。補足として一つ、組み分けはクラス単位ではなくクラス内でも赤組と白組に別れる。よって、他学年と他クラスの生徒との交流も増えることになる」

 「わぁ、何だか楽しそう。小学生に戻ったみたいです!」


 未来の体育祭に思いを馳せる茅野の反応を見て、佐助先輩の顔にも少し余裕が戻る。

 マジか、上級生と関わるのもしんどいのにクラスも分断されるとか、めんどくさすぎる。

 まあ、別にクラスに友達がいるわけじゃないし大した弊害はないんだけど。競技選びだけは慎重にしないといけないな。


 「今、話した通り体育祭はこれまで関わったことのない生徒同士が手を取り合い協力しあう行事になる。しかし、いきなり関わりのない生徒同士で徒党を組まされても団結力は生まれない。そこ──」

 「そこで生まれたのが交流会ってわけだ。交流会でやるイベントで仲良くなろうぜってわけだ」

 「……こっ、交流会は体育祭を円滑に進める目的以外にも──」

 「社会に出た時に必要なコミュニケーション能力を培う役目もあるのよね」

 「…………」


 ガクンと肩を落とし見るからに落ち込む佐助先輩。

 言いたかったこと全部言われたな。流石に可哀想だ。


 「……もういい、そういう事だ。明日からよろしく頼む」


 それだけ言うと佐助先輩は重い足取りで部屋から出ていった。

 部長は立ち上がり、パンッとカッコ良く腕を鳴らす。


 「うっし! 明日から青援部総出でやるぞ」 

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