第24話 結果発表

 中間テストの日から土日を挟んだ月曜日。

 放課後を迎えた部室内はピリピリとした空気に包まれていた。


 「お前ら二人だけか? 他はどうした」


 腕を組みぶっきらぼうに問いかけてきたのは松岡だ。


 「帰ったよ」

 「……そうか」


 気まずそうに視線を俺から逸らす松岡。

 何で悲しそうな顔してんだコイツ。そもそも麻倉は部員じゃないし、吉野は他人に興味がないんだから、いないのが普通ってか当然だろ。


 「まあまあ。元々あたしが丸口くんに持ち掛けた話だし、気を遣ってくれたんだよ」


 ポンッと肩を叩き松岡へ笑顔を見せる茅野姉。

 気を遣うか……麻倉は一条達と遊びにいったし、吉野は俺が声を掛ける暇もなく、いの一番に部長の所へ駆けていったんだけどな。

 二人とも今頃は楽しく遊んでるんだろうな。俺も家に帰ってゲームしたい。


 「いきなり点数を聞くのも味気ないし、少し世間話でもしよっか」


 そう言って優しく微笑みかけてくる茅野姉。


 「この一週間、月夜つくよと過ごしてみてどう思った?」


 えー、何だその質問。


 「学習能力が低い?」

 「確かにその通りだ。月夜の頭の悪さは天下一だからな。三時間かけて教えた問題を次の日には忘れてるような奴だ。丸口も手を焼いただろ」


 俺の素直な感想に、松岡は笑いながら同意を示す。

 実際、手を焼くなんて生易しいものじゃなかった。昨日まで解けてた問題が次の日になると解けなくなってるんだもんな。普通にイライラした。

 記憶喪失とか記憶障害とかの類かと疑ったくらいだ。


 「大分骨が折れた。間接的にだけど二人の苦労が垣間見えたよ」

 「骨が折れただなんて褒めても何も出せませんよぉ~」


 テレテレと頭を掻く茅野。いや、褒め言葉じゃないんだけど。


 「それで、自信はあるのか?」

 「そりゃ一応あるよ。一週間も頑張ってきたんだし、ない方がおかしいでしょ」

 「へぇ~、信じてるんだ月夜のこと」

 「まあ……」


 あやふやな態度で目を逸らす俺。

 信じてるとか、口に出すの恥ずかしいし。

 と、そんな俺を見て茅野姉はニヤニヤからかうような顔をする。


 「おやおや~、その反応はもしかして月夜に惚れた?」


 ガタッと慌てた様子で立ち上がる茅野。


 「ほっ、本当ですか丸口さん⁉」

 「ちが──」

 「お気持ちは嬉しいですがごめんなさい。私には心に決めた人がいるので応えられません」


 否定しようとした俺の言葉を遮り、早口で頭を下げる茅野。

 ふざけんな。告白してないのにフラれたぞ。


 「いや、惚れてないから落ち着いてくれ」

 「好きじゃないんですか?」


 椅子に腰を下ろした茅野は、少し落ち込んだようにこちらを見る。

 何だよその反応。


 「仮に好きだとしても断るんだろ?」

 「そうですね」


 打って変わりケロッと断言する茅野。

 ほらね、これだから女子ってやつは。


 「でも、丸口さんに好かれるのは嫌じゃないので、私の気持ちに区切りがつくまで待っててくれるならワンちゃんあります!」

 「いや、いいよ。そんなに長い間待ってられる自信ないし」

 「そんなぁ~」


 茅野は残念そうに項垂れる。

 そんな俺たちの様子を見て茅野姉が口を開いた。


 「さて、場も温まったことだし本題に入ろっか。月夜、答案用紙見せて」


 おふざけは終わりとばかりに茅野姉は居住まいを正す。

 空気が変わったのを肌で感じる。


 「えっと……きょ、教室に忘れてきちゃったから取りに行ってくる」


 緊張感に当てられたか茅野の言葉尻は上がり、わざとらしく笑いながら席を立つ。

 そんな茅野の腕を茅野姉が掴む。


 「あるよねカバンの中に。見せて月夜」

 「嫌……見せたくない、です」


 茅野は掴まれた腕を振りほどこうとはせず、ただ立ち尽くす。

 無理強いはしないのか茅野姉は黙って見守っている。

 俯き、床と睨めっこした状態が続く。

 十秒、二十秒。

 限界だな。俺は小さく深呼吸をしてから立ち上がる。


 「……茅野さん。結果がどうだろうと俺は受け止める。だから見せてくれないか」


 俺の言葉に顔を上げた茅野は、ジッとこちらを見つめる。

 やがて、意を決したのかバッグから一枚ずつ解答用紙を取り出した。


 一枚目、国語45点。


 「じゃっ、ジャーン。国語は高得点でした」

 「ほう。月夜にしてはやるな」

 「でも、ミスも目立つね」


 二枚目、英語31点。


 「あはは、結構ギリギリでした」

 「いいねいいね。やるじゃん月夜」


 三枚目、社会39点。


 「社会は国語の次に高かったです」

 「途中から回答が粗雑になってるな。焦らずに解けばもう少し取れただろ」


 四枚目、理科30点。


 「こっちのがギリギリでした」

 「まあ、赤点じゃないし問題ないでしょ」

 「順調だね。正直、月夜がここまでやれると思ってなかったな~」

 「ああ、俺の予想じゃ国語を除いた四教科が赤点だと踏んでたんだが、成長してんじゃねえか」


 口々に茅野へ賞賛を送る二人。

 そして、茅野は最後の一枚を長机の上に乗せる。


 五枚目、数学25点。


 「……」


 無慈悲にも答案用紙に書かれている点数は赤点を示すものだった。


 「……頑張ったんですけど……ダメでした」


 見れば茅野の瞳は潤み、握りしめた拳は僅かに震えており、悔しさが滲み出ていた。


 「じゃあ、残念だけど丸口くん。今後月夜とは関わらないでもらえるかな?」

 「……分かった」


 今にも泣き出しそうな茅野とは対照的に茅野姉は表情を変えず淡々と話を進める。

 元々、そういう条件で行われたテストだったわけだし、こうなることに俺も異存はない。

 今までの生活に戻るだけ、自分の望んでいた学校生活に一歩近づくし良いことだ。

 ジクリ。胸に違和感を覚える。

 いや、問題ない、これが正解なんだ。茅野にとっても。


 「テストの確認も終わったし行こっか」

 「悪かったな丸口。お前のこと少し誤解してた。短い間だったが月夜に勉強を教えてくれて、ありがとな」


 茅野姉に続いて立ち上がった松岡は『今度飯でも奢るぜ』と無愛想な笑顔を見せる。

 そのまま部屋を出て行こうとする二人を眺めながら、妙にざわつく心を落ち着ける。

 何故だか進む時間がゆっくりに感じる。


 短い期間の中で築いた茅野との関係が終わる。何も問題ない、間違ってないと理解してるはずなのに気持ちが感情がそれを拒否しているみたいだ。

 別に茅野のことが好きとか恋愛的な感情はない。ただ、楽しかった。

 けど、今更それに気づいたところで意味はない。

 そんな事を考えている間に松岡がドアに手をかけた──瞬間だった。


 「待って!」


 バンッと机に手をついて立ち上がった茅野の声が部室内に響き渡る。


 「これでお別れなんてやだよ。次はもっと頑張るから、取り消してもらうわけにはいかないかな」


 ポロポロ涙を零す茅野の言葉に、ぴたりと足を止めた茅野姉は振り向かずに答える。


 「……それでダメだったらどうするの?」


 茅野は涙を拭うと両拳に力を入れて声を張る。


 「また頑張る‼ 何度でも何回でも勉強して頑張る!」


 いかにも茅野らしい返答に、茅野姉は呆れたように額に手を当てると、重い溜息をつきながら振り返った。


 「あのね根性論を聞いてるんじゃないの。月夜が約束を守れなかった際の罰を聞いてるの」

 「えっと……じゃあ、ゴーヤを食べるよ、たくさん」

 「はぁ。違う……次も赤点なら、今度こそ丸口くんとの関係を切る。これくらいの覚悟がないなら許してあげれない」

 「そんな……ひどいよ」


 再び表情を暗くして力なく椅子にへたり込む茅野。

 本日、三度目の溜息をつきながら、茅野の目の前まで戻ってきた茅野姉は、ピンと人差し指を立てる。


 「いい、この学校に留年制度はないけど赤点を取り続けたら退学はあるの。あたしだって月夜の意思は尊重したい……けど、それで月夜が退学になる方があたしはヤダよ」

 「ほぇ、退学があるの?」

 「あるの」


 茅野姉の力強い断言に納得する俺と茅野。

 退学とかあるんだ。俺も知らなかった。……てか、松岡は表情一つ変えてないし既に知ってたのか。

 しかし、そう考えると二人が茅野を心配しすぎているのも合点がいく。


 「なあ朝陽、丸口を敵対視してた俺が言えた義理じゃないが、いきなり縁を切れってのはやりすぎなんじゃねえか?」


 ドア前で腕を組んだ仏頂面の松岡が口を挟む。

 茅野姉は顎に人差し指を当て、少しの間悩むと、


 「確かに、丸口くんと関わらないは言い過ぎたかな。……だから、次の期末で月夜が赤点を取ったら青援部せいえんぶを退部するってのはどう?」

 「退部……青援部に遊びに行くのはいいの?」

 「制限はつけるけどね。中学の頃と同じだよ」

 「う~ん、それなら……いいかも?」

 「丸口くんもいいよね?」


 唐突に話を振られる俺。あっ、俺も強制参加なんだ。

 さて、どうしたもんかと俺は顎に手を当て黙考する。

 一見すると茅野姉が懐の深さを見せた良い条件のように見えるが、これは罠だ。なぜなら──


 「いや、期末試験は九教科だろ。中間の五教科でギリギリなのに、ほぼ倍の期末で赤点なしは無理でしょ」


 そう。単純に教科数が多い。俺一人では手に余るどころか精神的に死ぬだろう。

 ん? 吉野がいるから一人ではないだろって。

 っふ。あいつが部活動以外で手伝ってくれるわけがないだろ。

 今回だって部長の指示がなきゃ全部俺に丸投げしてただろうし。


 「だよね~、じゃ二学期の中間試験にしよっか。とりあえず次の期末はあたしと信長で教えるからさ。それならフェアでしょ」

 「まあ、それなら異存ないけど、その間の茅野さんの部活動参加はどうするんだ?」

 「どうするも何も月夜の好きにすればいいよ」

 「いいの?」

 「いいのいいの。でも、期末テスト二週間前から部活に行くのは禁止。守れる?」

 「ゔっ……一週間前は?」

 「ダメ」

 「……わかったよ」


 がっくりとうなだれる茅野の頭を微笑みながら茅野姉が撫でる。


 「さてと、話もまとまったし今度こそ行こっか信長」

 「ああ、そうだな。丸口、悪かったな。お前のことを軟派な男だと誤解していた。月夜を頼む」


 そう言って松岡はドアを開き出ていく。最初に会った時と印象が違いすぎて戸惑うな。

 松岡を追いかけるように足を進めていた茅野姉だったが、ドアに差し掛かったタイミングで、不意に立ち止まり身を翻すと、『そうだ』と声を出す。


 「お姉さんに〝よろしく〟伝えといて」


 茅野姉は含みがある言い方で俺に薄く微笑みかけると部室から出ていった。

 伝えるって何をだ? 意味が分からない。

 直後、呆けている俺の肩を動揺した茅野が激しく揺らす。


 「なっ、なんですか今の⁉ 朝陽はお姉さんと会ってるんですか? どういうことか説明してください!」

 「いや知らないって。俺にも何が何だか」

 「私にも会わせてください。約束したじゃないですか」

 「茅野さんが赤点を取らなかったらって約束だったよね。ちょ、一回落ち着いて」


 地獄のシェイクから解放されぐったりしている俺に、横から声が掛かる。


 「じゃ、じゃあゲームで勝負しましょう。それで私が勝ったら会わせてください」


 めんどくさいな。ここまで行動力があるなら姉さんに会いに行くくらい出来るだろ。


 「俺にメリットがないから遠慮しとく」


 俺は帰るべく鞄を手に立ち上がる。


 「そんなぁ~。丸口さん絶対にだめですか?」


 上目遣いで見上げる茅野の瞳は微かに潤んでいる。ずるい。断りずらいじゃないか。

 溜息交じりに上げた腰を下ろす俺。


 「一回だけなら付き合うよ」

 「やったー‼」


 寂しそうな顔から一転して花開いたかのように満面の笑顔に戻る茅野。ほんとにコロコロと表情がよく変わる。吉野とは正反対だ。


 「分かってると思うけど一応。茅野さんが勝てば姉さんと会わせる、それでいいよね?」

 「はい、無問題モーマンタイです」


 どこで覚えてきたんだ、そんな言葉。


 「で、何のゲームにするんだ?」


 既に決めていたのか、茅野は迷うことなく後ろの棚から一つのボドゲを取り出す。


 「これです! ガイスター」


 うわ、絶対に俺の勝ちだ。

 一応補足として、茅野の選んだガイスターは、赤と青、二種類の幽霊のコマを用いて、将棋みたいにコマを取り合いながら所定の位置にコマを運ぶゲームだ。 

 こないだ誰にも勝てなかったのを忘れてるのか?


 「えっ、コレでいいの?」

 「もちろんです。絶対に負けませんよ!」


 目に闘志を燃やし、やる気満々の茅野。

 マジか……しょうがない現実を教えてやるか。

 僅か五分で決着はついたが、諦めの悪さを見せた茅野によって、その後もトランプやオセロといった王道のゲームから、ブロックスやコリドール等の一般的には浸透してない様々な二人用のゲームで勝負を行った。

 結果、俺が全てのゲームに勝利しこの日は幕を下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る