第21話 帰り道

 大山と中板橋で麻倉、吉野と別れた俺は学校の最寄りでもある東武練馬とうぶねりま駅で降車して、茅野と二人夜道を並んで歩いていた。

 茅野の案内の元、通いなれた学校までの順路を辿る。

 踏切、コンビニ、マック、ミスド、交差点、イヲン。

 この一か月半、毎日のように目にしたいつもと同じ景色、いつもと同じ街。

 そんな、何も変わらないハズの街並みを女子と二人で歩いている。


 電車内で吉野と別れてから、ここまでに茅野と交わした会話はゼロ。

 気まずい。……思えば、こうして茅野と二人きりになるのは初めてな気がする。

 学校でも、図書館でも誰かしらいたし、ボドゲなり勉強なり共通の話題もあった。


 けど、今はおしゃべりモンスターの麻倉も、マスコットの吉野もいない。

 茅野が好きな物も趣味も知らない。故に会話が成り立つレベルの話題がない。

 とか、考えていると見慣れた十字路が目に入る。

 ここを右に曲がって真っ直ぐ行けば学校につくのだが、茅野は直進した。


 「あれ、曲がらないの?」

 「こっちの方が帰りやすいんです」

 「そうなんだ」


 まあ学校に行くわけじゃないし、家に向かっているのだから当然と言えば当然だろう。

 訪れる沈黙。再び十字路に差し掛かる。

 ふと、茅野が一歩飛び出してこちらへ振り向く。


 「丸口さん。ここを左に進むと私の通っていた中学校があるんですよ。赤坂第一あかさかだいいち中学校、通称赤一あかいちです」

 「どうしたの急に?」

 「駅に行く途中に麻倉さんが中学校を教えてくれたので、そのお返しに」

 「そうなんだ……」


 それなら俺じゃなくて麻倉に教えるべきなのではないか。お返しとは?


 「……茅野さんが通ってた中学はどんなとこだったの?」

 「う~ん、どんなとこかー。 ……普通のとこでしたね。あっでも人数は多かったですよ、私の学年は七クラスありましたから」


 えへんと腰に手を当てドやる茅野。七クラスは多いけど、そんな誇るものでもないだろ。


 「でも、そのせいで知らない人もいるんですよね」


 あはは、と笑いながら歩き出す茅野。


 「ちなみに、この道をず~っとまっすぐ行けば、私の通っていた小学校があります」


 別に聞いてないんだけど。あれだな茅野も麻倉と似たタイプなんだな。

 内心で茅野に対しての認識を改めていると、クルリ。反転した茅野が人差し指を立てる。


 「では、ここで丸口さんに問題です。私にとって朝陽あさひと松岡さんはどういう存在でしょう」


 え、なにその問題。答えづらいな。


 「親友?」

 「正解だけどハズレです」


 どっちなんだよ。それもう正解でいいじゃん。


 「答えは?」

 「恩人です」


 そう笑顔で言い切ると、茅野は後ろ歩きのまま語り始める。


 「見ての通り、私はおバカで勉強が出来ません。昔から朝陽に助けてもらって、中学校からは松岡さんにも助けてもらいました。何度も何度も何度も、おバカな私を見捨てずに二人が助け続けてくれたから、今こうして高校にいられるんです」


 茅野は足を止め俺の目をじっと見詰める。


 「朝陽と松岡さんには感謝しかありません。だからこそ、来週の中間テストは絶対に赤点を回避して、朝陽と松岡さんに伝えたいんです『もう大丈夫だよ、ありがとう』って」


 茅野が何故、この話を今したのかは分からない。

 俺からしてみれば、茅野が赤点を取っても取らなくてもどっちでもいいし、茅野の姉と松岡の恋愛だってどうでもいい。

 けど、茅野にとっては違う。一条と恋人になるために頑張る麻倉と同じで本気なんだ。


 「……正直、俺には茅野さん程の熱量はない。酷い事言うけど、依頼だから協力してるだけだ。でも、姉を想う気持ちは分かるから……まあ、微力だけどベストは尽くすよ」

 「……え? 丸口さんってお姉さんがいたんですか?」

 「あれ、言ってなかったけ」

 「初耳です……」


 てっきり言ったもんだと思ってた。俺が言ったのは吉野だっけ? そうだったかも。


 「急ですけど、ここまでで大丈夫です。この下の信号を渡ればすぐなので」


 ほんとに急だな。まあ、本人が言うならいいけどさ。


 「分かった。じゃあ、また明日図書館で」

 「はい。今日はありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げると、そのまま走って坂を下っていく茅野。

 えー、俺なにか変な事でも言ったのか? いや、単に俺に家バレされたくないだけだろうな。

 俺はもと来た道を引き返した。

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