第16話 昼休み
次の日の昼休み。俺は自分のクラスから二つ隣りにある、三組の教室内に立っていた。
何故、俺が他クラスの教室にいるのか……それは、麻倉に無理やり連れてこられたからだ。
そのくせ、教室に入るなり俺を放置して窓際で二人の男女生徒と談笑しているとか、あいつは悪魔なのか。
自然と入り口で立ち尽くす部外者へちらほらと視線が向けられる。
恥ずかしい。こっちを見ないでくれ。
「おーい丸口くん、ほらこっちおいでよ!」
もう帰ろうかなと思い始めた直後、ようやくお呼びがかかったので俺は足を運ぶ。
俺へと手招きする麻倉につられ、二人の男女生徒もこちらに顔を向ける。
一人は麻倉の幼馴染みで想い人の
常々思っていたがこの学校には美男美女が多い気がする。
とりあえず呼ばれたから来たはいいものの、どうしたらいいのか分からず固まる俺。
そんな俺を見かねてか、麻倉が耳打ちしてくる。
「自己紹介、自己紹介だよ丸口くん」
甘くとろけるような声が耳朶を打ち、俺は反射的に麻倉から距離を取る。
危ないところだった。アニメを見て耐性がついてなきゃ墜ちるとこだった。
不意の一撃に乱れた精神を、小さく深呼吸して落ち着ける。そして改めてブロンド少女へ視線を合わせる。
「……えっと、初めまして
「はい、こちら丸口くんです」
俺に手を向け繰り返す麻倉。なんだ急に。
「
そう言ってブロンド少女、もとい桐崎は手を差し出してくる。えっ何、握るの?
握るべきか迷っている俺の右腕を掴み、麻倉は強引に桐崎の手と合わせる。
「少し人見知りなとこもあるけど、いい子だから仲良くしてあげてね奈央ちゃん」
お前は俺のオカンか。
「挨拶も済んだし机並べようぜ」
一条の声を皮切りに机を向かい合わせに並べ始める。女子の手って柔らかいんだな。
机を並び終えた俺たちはそれぞれ席に着いた。俺と一条が隣同士で向かい側に麻倉と桐崎が座っている。
俺は持ってきていた風呂敷を机に乗せ、結び目をほどいた。中には二段の弁当箱が入っている。
続けて弁当箱の蓋を取ろうとした時だった──ドンっと重量感のある音が響く。
何事かと視線を持ち上げると目の前には五重に積み重なった重箱が置かれていた。
「えっ……ナニコレ?」
「そりゃ驚くよな。オレも初めて見たときは声も出なかったよ」
「なによ。文句でもあるわけ」
驚く俺に笑いながら一条が同意する。それにジト目で応える桐崎。
「別に普通よ、これくらいサッカー部とか野球部も食べてるじゃない」
「でも、桐崎さん運動部じゃないじゃん」
「バッ、丸口!」
焦る一条に俺も気づく。……ヤバい。思わず口に出してしまった。
恐る恐る桐崎の方を見れば、顔を真っ赤にしていた。
「私、あんた嫌い」
「今のはよくないよ丸口くん。たとえ事実だとしても女の子に掛ける言葉じゃないよ」
「いのり⁉」
地味に追い打ちを掛けてあげるなよ。
桐崎は不貞腐れたように重箱を開けた。重箱の中には和洋中、様々な料理が詰まっている。ちなみに被っている料理は一つとしてない。
「一条、まさかと思うけど毎日コレなのか?」
「さすがに中身は変わってるって。昨日は炒飯、ピラフ、オムライスにカツ丼だったからな」
そういう意味で聞いたわけじゃないんだけど……そうか、量は同じなのか。
「俺たちも食べようぜ」
「ああ」
いつの間にか桐崎が食べ始めているのを見て、俺たちも昼食を摂ることにした。
上下に重なった弁当箱を分け、俺はそれぞれの蓋を開ける。
上段の箱には白米がぎっしりと詰まっていて、下段には全て手作りのおかずがバランス良く配置されている。
「丸口のは可愛らしい弁当だな」
横から覗き込んでくる一条。
「母親の作る弁当なんてこんなもんだろ」
他の人の弁当なんて見たことないから知らんけど。桐崎は例外だけど。
「いやいや、普通お母さんはハート型の卵焼きなんて作らないって」
俺の適当な相槌に呆れた様子の麻倉。
作るかもしれないだろ、親バカなら。俺が読んでるラノベには出てくるぞ。
「私が思うにこれはいるね」
ニヤリと小指を立てる麻倉。
「へー、こんなに地味でもできるもんなのね」
「もしかしてあれから進展したのか⁉ やるな丸口」
なんだあれからって、何かあったけ?
「あの盛り上がってるとこ悪いけど、いないよ彼女なんて」
「じゃあ誰が作ったの? あっ嘘をついたって騙されないからね」
めんどくさいな。そんなに突っ込む事でもないだろうに。
「はぁ。姉さんだよ」
「お姉さん……って
「そうだけど。知ってるんだ」
接点なんてあったか? 姉さんから麻倉の話なんて聞いたことないし。
「同じ中学なら知らない奴はいないと思うぜ。中学でも美人で有名だったしな」
姉さんってそんなに知名度あったんだ。知らなかった。
「そうそう、それに
「丸口屋食堂って何?」
ぽかんと首をかしげる桐崎。
「こっちに来たばっかだし奈央ちゃんは知らないよね。丸口屋はね、丸口くんのお父さんがやってるお店なの」
普通は知らなくて当然だ。個人店だし駅からも遠いマイナーな店だしな。にしても、まさか麻倉の口から出てくるなんて思ってもみなかったな。
「昼は定食屋で夜は居酒屋だったよな?」
「よく知ってるな」
詳しすぎるだろ。怖くなってきたぞ。
「中学から近かったし、いのりに誘われて何度か行ったことがあるんだ」
「お刺身が絶品なんだよね。思い出したらまた行きたくなってきた。今度奈央ちゃんも入れて行こうよ。きっと気に入ると思うよ」
「いのりが言うなら間違いなそうね」
この流れはまずい。麻倉なら冗談交じりに『接客してよ』とか言い出しそうだ。
「決まりだね。あっどうせならま──」
「
「そりゃそうに決まってるでしょ。このお弁当はね三ツ星レストランで働いてたシェフが作ってるんだから」
はい?
「もしかして桐崎さん、いいとこのお嬢様?」
「べっべべべ別にそんなんじゃないって……! 普通の家庭よ!」
めちゃくちゃ焦ってな。あまり突っ込まないほうがよさそうだ。
「あっ、そうだ。昂輝と奈央ちゃんに聞いてみたいことがあったんだけど。誰かを心配したり心配されすぎたりした経験ってある?」
麻倉は思い出したかのように話題を変える。これって茅野のことだよな。
「なんだそれ? オレはないな、一人っ子だし親も放任主義だからな」
「私はある……心配されすぎた経験が」
「聞いてもいい?」
「構わないけど、そんな大した話じゃないわよ。私のパパがね、超が付くほどの過保護なの。昔から何をするにもあれやらこれやら口出ししてきて、中学の頃なんて修学旅行にまでついて来ようとするし。ホンット心配性なんだから……‼」
修学旅行か、俺も色々思い出があるな。俺から離れたくないとかの理由で休もうとしたり、逆に俺を休ませようとしてたな姉さん……。
「それって今も続いてるの?」
「さすがに辞めさせたわよ。私の交友関係まで調べようとしてたしね」
「そこまで過保護なのによく辞めさせられたな」
「まあね。実際、一筋縄じゃいかなかったわ。だから、私が一人でも大丈夫ってとこをパパの前でガツンと証明したのよ‼ 今でも鮮明に思い出せるわパパの悔しがる顔が」
誰に頼るでもなく自分で解決するなんて、凄いな桐崎は。
「でも、何でこんな話しを聞きたかったの?」
「私の友達に悩んでる子がいてね。解決策の一つにでもなればいいなって」
「そーゆうこと。こーゆうのはね、真っ向から相手とぶつかるのが一番いいのよ!」
「だって丸口くん。解決できるといいね?」
にこりとこちらに微笑む麻倉。
依頼を受けた俺のためなんだろうなと、分かってたとはいえ最後にこっちに振ってくるとか、悪魔かこいつ。
当然の如く集まる視線に、俺は頬をひくつかせるしかなかった。
その後、何を勘違いしたか一条と桐崎から根掘り葉掘りと質問攻めにあったのは言うに及ばないだろう。
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