第15話 延長戦
部長が席に着いたのを皮切りに、茅野から順に事の次第を語り始める。
前半は茅野の齎した依頼について、後半は補足を挟んだ俺の見解を伝えていった。
「あーなるほどなぁ。
事の顛末を聞き終えた部長は椅子にもたれかかり天井を仰ぐ。
「個人的な意見なら、私は丸口くんが正しい思うけどね」
そう答えるのは部長の隣、俺の右前に座る金髪ポニーテールが特徴の
先輩の賛同を得て有利になった俺とは逆に、不利を感じたのか茅野はしゅんと項垂れる。
「ま、普通に考えたらそうだわな」
部長も同意を示す──が、ゆっくりと顔を戻しこちらへ視線を向けると、
「でもよ、『学生の青春を手助けする』それがこの部のモットーだろ。受けるぜこの依頼」
ハッキリと、そう断言した。
「良かったね茅野さん。部長が引き受けてくれるってさ」
「は、はい」
「ふふっ、前回は何も出来なかったし、腕が鳴るわ」
空返事な茅野は未だ実感がないのか呆気に取られている。反対に白石先輩はやる 気満々に燃えていた。
何はともあれ一番無難な形に収まったな。これから話し合いとかするだろうし、俺は帰ろうかな。
椅子横に置いていたバッグを手に取り、立ち上がろうとした時だった。
「あー、やる気のとこ悪いが姫……今回も実際に手を貸すのはオレたちじゃなく丸口だぜ」
あまりの突飛な発言に浮かした腰が固まる俺。
な、にを言ってるんだ部長は?
「最初の段取りくらいは決めてやるが後は丸口に任せる」
「いや待って下さい。任せるってどういうことですか? これは部長が受けた依頼ですよね」
「そうよ
俺の言葉に追随する形で白石先輩も不満を漏らす。
そんな俺たちを見て部長は面倒くさそうに頭を掻いた。
「ただでさえ青援部は依頼が少ねーんだ。オレたちが引退するまでに少しでも多く場数を踏ませてぇんだよ。姫には前に話したろ」
その時のことを思い出したのか押し黙る白石先輩。
「だとしても、俺言いましたよね、嫌だって。今回に限っては茅野さんが二人の意志を確認するまではやりたくないです」
茅野には悪いけどここだけは譲れない。他人のプライバシーに深く関わることになるんだから。
確固たる俺の決意と相対するように部長の目もまた真剣だった。
「なあ丸口……二年間も一人で頑張って、その全部が失敗した原因を茅野ちゃんに訊いたか?」
「いえ、だからその原因が何なのかを確認してきてねって話しをしたわけじゃないですか」
当然とも言える俺の答えに部長は呆れた風に肩を竦める。
「ばーかちげーよ。俺が言ってんのは結果じゃなく過程の話だ。茅野ちゃん、毎回どんな形で失敗したんだ?」
「えっと、大抵は私を巻き込んで有耶無耶に……というのが多いです」
「具体的には?」
「そう、ですね……例えば二人の意識を変えてみようと、一対一で朝陽と松岡さんの話を聞いてたつもりが、気づいたら私の恋愛相談みたくなってたり。勉強会の時はさり気なく抜け出そうとしたんですが、二人の圧が強くて失敗しちゃいました」
あはは、と頭に手をやり茅野はあっけらかんと話し終えた。
本人が口にした内容以外の失敗した理由も、茅野絡みな内容で失敗してたとするならば。
「なにもおかしな所はないんじゃないですか? 照れ隠しで茅野さんを隠れ蓑にしてるようにしか感じませんよ」
「そうだな。話的にどちらかと言えば茅野ちゃんを心配して……そうか、心配だ」
ナニカに思い至ったのか部長は指を鳴らした。
「茅野ちゃんの好きな人か……一年だとこないだ小テストやったろ? その点数を教えてくれ」
と、茅野に視線を移した部長はこんなことを言い出した。
それを聞いた茅野は顔を真っ赤にしながら、
「す、好きな人は教えられないですけどテストの点数なら……二十五点でした」
小さく消え入るような声音とは真逆に、耳に届いた内容は大きすぎるものだった。
誰もが沈黙せざるを得ない程に予想外、想定外の回答。他の人からすれば、たかが点数だろ? と思うかもしれないが学生にとって点数とはそれ程までに重要なものだ。
……待て待て待て、これも絶対に聞いちゃダメな案件だろ。
いや、考えろ。小テストは各教科ごとに実施されたんだ。つまりだ、目的は不明だけど茅野はその中で最も低い点数を開示したんだろう。
きっとそうだ。そう思うことにしよう。
内心焦りまくりの俺を含め、コミュ強の麻倉でさえ口をつぐむ中、ただ一人──奥の畳でゲームしている吉野を除いて部長だけは動揺もなく平然とした態度で口を開いた。
「念のため質問するけどよ、他の教科も似たような点数か?」
「はい。どの教科も三十点を下回る点数です」
「やっぱりか……喜べ丸口、今回は麻倉ちゃん時みたく積極的な行動を起こす必要はねえぞ」
再び俺へと視線を戻した部長の口角は吊り上がっている。悪い顔だ。
「喜ぶも何もどういうことですか? 理解が追い付かないんで説明してほしいんですけど」
俺の言葉にため息をつきながら部長は説明を始める。
「だからよ、二人は茅野ちゃんを心配してんだって。勉強に関しては言わずもがな。恋愛に関しては二人が付き合えば必然二人だけの時間が多くなる。そうなってもいいように茅野ちゃんにも特別な存在が出来ることを望んでいるってわけだ」
ドヤ顔で話し終えた部長から目を逸らした先、隣に座る茅野は目を丸くしている。
まあ、部長の言ってることは理解できる。茅野の反応からしても適当な考察じゃないことは明らかだ。
「でも、それって部長の憶測ですよね?」
「黙っとけ小僧。オレが今までどれだけの依頼をこなしてきたと思ってんだ。こんくらい本人に確認するまでもなく経験で解るもんなんだよ」
部長はケっと吐き捨てるようにそう言った。
「はあ……そうですか」
素っ気ない返事を返す俺を見て、つまらなそうに視線を外した部長は茅野へと向き直る。
「さて、茅野ちゃん話を戻そうか。さっきも言った通り依頼は受けるが一つ条件がある。それは茅野ちゃんが
「部長⁉」「佑助!」
「入ります!」
驚く俺と白石先輩に被せるように、茅野が食い気味で承諾する。
「ちょっと佑助、いくら部員が少ないからってこんなやり方はないじゃない」
「よし、ならこの入部届に名前を書いてくれ」
白石先輩の言葉に耳を貸さず部長は話を進めていく。
「説明してって言ってるんだけど!」
バンッと机に手を付き声を強くする白石先輩。
「落ち着けって。今、茅野ちゃんに入部してもらおうとしたのは問題解決のためだ。茅野ちゃんの依頼を達成するためには、二人の心配を取り除く必要があるからな。部活に入部してもらうのが手っ取り早いと思ったんだ」
言いながら部長はピースサインを作る。
「目的は二つある。一つが勉強、もう一つが茅野ちゃんに寄り添える恋人か友人だ。青援部には茅野ちゃんと同じクラスの未仲と丸口がいる。勉強と交友関係の問題を纏めて解決できるって寸法よ」
キメ顔で自分の考えた作戦をひけらかす部長。
確かに理に適っているとは思う。俺に掛かる負担も麻倉の時と比べれば低く感じるな。
「勉強を教えるのはいいとしても、二つ目に関しては抽象的すぎて具体的に何をすればいいのか想像つかないんですけど」
「そんなの簡単だ。ただ茅野ちゃんと一緒にいてくれりゃあそれでいい」
マジで何を言ってるんだこの人は。
「いやいやいや、無理ですよ。俺が他の男子に殺されますって」
「だから問題ねえって、そのために未仲がいるんだからよ。朝のホームルームは未仲に任せる。それ以外の昼休みと放課後は部室で勉強なり交流を深めるなり未仲と一緒に協力すりゃ角は立たねぇだろ」
楽観的に言ってくれる。吉野は部長の前では良い子ちゃんぶるけど、部長の目の届かない場所じゃ自由奔放なんだ。
つまり、この作戦には致命的な穴が開きすぎてるんだよな。
「未仲もそれでいいな?」
「分かった」
「ちゃんとやってるか丸口に逐一確認とるからな。絶対にサボるなよ」
途轍もなく嫌そうに顔をしかめながら吉野は頷いた。
部長も薄々は気づいていたのだろうか? ともかくこれで吉野は、俺という監視がいる以上は表立ってサボることが難しくなったわけだ。
しかし、部長の連絡先なんて知らないんだけどな。
「丸口もそれでいいだろ」
「分かりました。でも一つだけ、やり方はこっちで勝手に決めますからね」
「ああそれでいい。俺たちはもう帰るから後は好きに話し合いでもしててくれ」
「佑助、何をそんなに焦ってるの? あんたらしくないじゃない」
「うるせー」
白石先輩の問いをぶっきらぼうに切り捨てると、部長は鞄を担ぎ立ち上がった。
「おら姫行くぞ。オレらだって余裕があるわけじゃねぇだろ?」
「本当にいいの? 丸口君に全部押しつけて」
「いいんだよ。難しいことしろってんじゃねーからな。それに丸口が困った時やピンチの時はオレも全力で力を貸してやるからよ。頼んだぜ丸口」
ニカッと笑顔を向ける部長。
「今、現在困ってるんですけど」
「……あんま邪魔してもわりーし、オレたちはこれで」
「ごめんね丸口くん。あいつは後でシバいとくからね」
両手でごめんのポーズを作る白石先輩。姉さんもだけど美人は何しても様になる な。
部長たちを見送りドアが閉まったのを確認すると、おもむろに茅野が立ち上がった。
「あの、今日はすみませんでした」
言って深々と頭を下げる茅野。
「今からでも嫌だったら断ってくれて構いません。元々、私の問題ですし何とか一人で頑張りますので」
茅野は頭を下げたまま矢継ぎ早にまくしたてる。言葉の節々から申し訳なさも伝わってくる。きっと、依頼を受けるのを嫌がっていた俺を気遣ってのことなのだろう。
「とりあえず顔を上げてよ。さっき、部長が言ってた憶測だけど……茅野さん驚てたよね。どうして?」
俺の言葉に顔を上げた茅野がこちらを真っ直ぐ見据える。
「……それは、部長さんが言ってたことが合ってたからです」
合ってたか……まあ、そういうことになるのか。
「じゃあ茅野さんは初めから二人の気持ちを知ってたわけだ。なら、どうして俺が断った時に言わなかったんだ?」
あの時に話していれば、俺も直ぐに断るような真似はしなかったはずだ。
「……確かに朝陽も松岡さんも私を心配していた事は知ってました。でも、そのせいで二人の仲が進まないとは思ってなかったんです」
「じゃあ部長が話した憶測は事実なわけか」
「はい。二人は優しいですから一人になる私を想ってくれてるんだと思います」
茅野も十分すぎるほどに優しいと思うけどな。
「だったら断る理由がないな。吉野は分からないけど少なくとも俺は協力するよ」
「今回はボクも手伝うぞ」
「うわぁ⁉」
突然背後からにょきっと顔を出してくる吉野。いつの間に移動してきたんだ。
「上手いことサボるもんだと思ってたけど、本当にやるのか?」
「やらないと佑助に嫌われるからな」
やはり原動力は部長なのか。
「丸口さん、吉野さん。ありがとうございます。早速入部届けに名前を書いちゃいますね」
改めて頭を深々と下げた茅野は部長から渡されていた入部届に手を伸ばす。
「ああー入部はいいよ。別に入部しなくても──」
「もう書いちゃいました。これからよろしくお願いしますね!」
亜麻色の髪を揺らしてシシシと笑顔を見せる茅野。
「話も纏まったみたいだし、皆でコレやろうよ!」
そう言って麻倉は様々なパッケージ箱を長机の上に置いた。
「色んなゲームがあるんだけど、最初はみんな知ってるのがいいよね」
楽しげに目を輝かせながら麻倉が指をさしたのは、数あるボドゲの中でも誰もが一度は遊んだことのある国民的ゲームの人生ゲームだった。
「いや、今から具体的な作戦を立てないと」
「ちっちっち。わかってないな丸口くんは」
お前に何が分かるというのだ。
「何をするにもまずは仲良くならないとだよ。距離感のある関係じゃ怪しまれるからね」
確かに作戦を立てて実行に移してもよそよそしい態度であれば疑われる。なるほど一理ある。さすがコミュ強。
「二人はどう? 一緒にゲームしない?」
「ゲームならボクもやるぞ」
「私もやりたいです」
「決まりだね。で、丸口くんはどうするのかな?」
にやにやとからかうように笑みを向けてくる麻倉。
くそ、イラッとするな。
「はあ、俺もやるよ」
「そうこなくっちゃ!」
結局この日は作戦会議をすることもなく、完全下校時間まで人生ゲームに限らず様々なボードゲームに興じた。
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