第14話 茅野月夜

 茅野を部屋に入れてから、体感五分ぐらいが経過していた。

 その間に交わした会話は0。

 未だ静寂が支配する部室内。向かいに座る彼女はうつむいたまま口を閉ざし喋ろうとしない。

 心の準備に時間が掛かるのだろう。ならば、俺の方もこれを期に彼女について思い出してみる。


 茅野月夜かやのつくよ。彼女は誰に対しても分け隔てなく接する人柄の良さと、麻倉や吉野にも引けを取らない容姿を持っている。

 加えて、麻倉と違い特定の男子の影がなく、かつ吉野の毒舌と正反対の思いやりある受け答えも合わさり、クラスでは一の人気を誇る。

 ちなみに二番目が、至極当然とばかりに俺の隣へ腰かけている麻倉だ。ほんといつまでいるつもりなんだ。


 そんな男子人気上位の女子二人がいるわけだ。

 気まずいが、俺には茅野から口を開くまでいくらでも待つ覚悟がある。

 しかし、右の麻倉は限界らしく、話を振れと肘で俺の横腹を小突いてくる。しょうがないか。


 「……茅野さん、今日はどうしてここに?」


 遠慮がちに顔を上げた茅野は意を決したようにこちらをまっすぐ見つめ口を開いた。


 「その、ご相談があるんです。……れ、恋愛関係の」

 「「恋愛相談ー⁉」」


 驚きのあまり揃って声を上げる俺と麻倉。恥ずかしいのか茅野の頬は朱色に染まっている。

 いやいや冗談だろ。クラスの男子連中が聞いたら発狂するぞ。


 「なになに! 茅野ちゃん好きな人いたの?」


 興味津々とばかりに目を輝かせ身を乗り出す麻倉。


 「いますけど、違うんです。今回は私じゃなくて朝陽あさひの恋愛を手伝って欲しいんです」

 「えーだれだれ? 同じクラス? それとも別のクラスの人?」


 相変わらず人の話を聞かないマイペースな麻倉に茅野も困惑顔だ。

 にしてもマジでいるのか。部活とはいえ、こんな重要なことを知ってもいいのか?

 否、いいわけないな。これ以上麻倉に好き勝手されるとまずいし止めるか。


 「麻倉さん関係ない話はやめようよ。茅野さんも困ってるし」

 「うっ、そうだよね。茅野ちゃんもごめんね」


 茅野の困り眉を見て麻倉も自分の暴走に気付いたのかストンと椅子に座る。


 「ぜんぜん気にしないで下さい! 誤解を招く言い方をした私が悪いんです」


 けれど、麻倉の謝罪を目にした茅野は両手を振って慌てると、申し訳なそうに笑みを浮かべた。

 今のは誰が見ても麻倉が悪いと思うのに、いい娘だな。


 「……それで話を戻すけど、茅野さんは友達のために来たってことでいいの?」

 「はい。でも友達じゃありません朝陽は私のお姉ちゃんです」


 へえ、お姉さんがいたんだ。


 「てことは、二年か三年の先輩なのか」

 「何言ってるの丸口くん。茅野ちゃんは双子だよ」


 …………はい?


 「私、双子なんです」


 あははと頬を掻きながら麻倉の言葉を肯定する茅野。

 いやいやいや、双子? ちょっと待て、この学校の双子率どうなってるんだ。部長も茅野も双子だと……まさか。


 「麻倉さんも双子だったりする?」

 「ねえ丸口くん。私たち一応中学合わせて四年も同じクラスなんだよね。私に興味ないにしても程があるよ。凄くショックなんだけど」

 「それはごめん」


 違ったか、まあよし。たまたま偶然、双子との遭遇率が高いだけか。貴重な体験だな。

 不貞腐れたように口を尖らせていた麻倉だが、何かに気付いたのか茅野を見据える。


 「茅野ちゃんのお姉さん……朝陽ちゃんの恋愛相談ってことは二組の松岡まつおかくん絡み?」

 「なっ⁉ ど、どうして分かるんですか?」

 「一年の間じゃ有名だよ。四六時中一緒にいるから二組の夫婦って呼ばれてるの。ね、丸口くん」


ね、とか言われても初耳だし知らないぞ。


 「夫婦……朝陽が聞いたら顔を真っ赤にしそうですね。けど、そこまで噂が広がってるなら話は早いです。私がお願いしたいことが、まさに朝陽と松岡さんを恋人同士にすることなんです」


 緊張も解けたのか、時折笑顔を挟み依頼内容を話す茅野。

 麻倉に続いて、また恋愛系か。……無理だな断ろう。


 「あー茅野さん。悪いんだけど手伝えない」

 「ちょっ丸口くん?」

 「どうしてですか?」

 「だって話を聞く感じ、二人は両想いなんだろ。だったら茅野さん自身が行動して場を設けた方が早いんじゃないか? 家族なんだし」


 不思議なことなどない。両想い、これほど単純明快で簡単な問題なのだ。人に頼るより自分でやった方が余計な苦労を抱えなくて気楽だろう。


 「……ました」


 彼女を想っての意見だったのだが、当の茅野は表情を暗くしうつむくと、ポツリと呟く。


 「えっ? ごめんなんて」

 「もうやりました。二年前から何度も何度も何度も、私が考え付く限りのことは全て試しました。でも、駄目だったんです」


 涙こそ流していないが、茅野自身が抱えている苦悩の叫びが溢れていた。

 それを見た麻倉は俺の袖を引っ張ると、


 「手伝ってあげようよ丸口くん。もし私の事を気にしてるなら全然後回しでいいからさ」


 確かに麻倉から受けた依頼も重なり、俺一人じゃ手が足りないのは事実だ。

 しかし、俺が引っかかているのはそこじゃない。


 「……茅野さんがここに相談しに来てるのを二人は知らないんだよね?」

 「はい、知りません」

 「俺はさ、当事者が頼みに来るならいいと思ってるんだ。本気なんだって伝わるしそれなりに覚悟を持って打ち明けてるわけだからさ」


 俺の言葉に二人は口を挟まず静かに耳を傾けている。


 「けど、二人の気持ちをそっちのけで外野が騒ぎ立てるのは違うと思うんだ。茅野さんが二人を想って行動してるのは分かるんだけど……本当に二人は付き合いたいって思ってるのか?」


 俺の問いに茅野は首を横に振る。


 「聞いたことがないので分かりません。私は好き=《イコール》付き合いたいだと思っていたので、少なくとも私は好きな人とお付き合いしたいです」


 茅野に同意するように麻倉も声を上げる。


 「私もそうだよ。恋人になってデートして楽しい事も悲しい事も嬉しい事も全部共有したい」

 「まあ、一般的にはそうなんだろうけどさ。二年。茅野さんが頑張ってきて進展がないんだぞ、普通を当てはめていいのか俺には分からない」


 考えが茅野寄りの麻倉は納得するのが嫌なのか渋々といった感じで頷く。


 「それは、まあそうかもだけど。せっかく来てくれたんだよ? 引き受けてあげようよ」


 コイツはいったいどの立場でものを言ってるんだろうな。


 「引き受けるにしても、せめて二人の気持ちを知らないと俺は嫌だぞ」

 「分かりました。私、二人に訊いてきます」


 顔を上げて立ち上がる茅野はペコリと頭を下げてからドアの方へと歩き出した。

 そんな茅野を見て、麻倉は最後通告みたいに小声で問い掛けてくる。


 「ほんとにいいの? 手伝ってあげなくて」

 「そう言うなら麻倉さんが手伝ってあげればいいじゃん」

 「私はダメだよ。あっちは茅野ちゃん姉妹と松岡くん。既に男女比率が偏ってる中に私を入れたら不自然でしょ? こういうのはねバランスが大事なんだよ」


 何を言ってるんだコイツは。

 麻倉に白い目を向けていると、ドアの方から小さく悲鳴が上がった。


 「わっ⁉ すいません。まさか人がいるとは思わなくて」

 「こっちこそわりぃな。って、何だうちに依頼でもしにきたのか?」


 顔を向ければ、ドアの向こうに部長たちが立っていた。


 「部長?」

 「おう丸口……と麻倉ちゃんか。何かあったのか?」


 部長はこちらを見た後に、もう一度茅野へ視線を向け状況を確認する。


 「いえちょっと相談を受けていたんです」

 「おっ、いいことじゃねえか。で、引き受けたのか?」

 「断りました」

 「ふーん、なんでだ?」


 普段は全く人が来ないからか依頼人が来て嬉しそうに笑う部長だったが、俺の一言を聞いた瞬間、顔が引き締まった。

 部長もこんな表情するんだな。


 「ちゃんと話しますから、まずは部室に入ってください」


 俺と部長に挟まれ身動きが取れず困惑している茅野を目にし、これはいけないと部長を中に入るよう促す。


 「それもそうだな。えーと、君も一緒に話を聞かせてもらっていいか?」

 「は、はい」


 と、一度はまとまったはずの話は部長たちの襲来により延長戦となった。

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