第12話 終幕サニー水族館

 その後、カワウソやペンギンにアシカのショーなどを見て満足した俺たちは、水族館を出た先のエントランスにいた。


 「昼はどこにする? 希望ある人はいるか?」


 エレベータを待ちながら一条が尋ねる。

 時刻は十三時十分。お昼時だ。

 本来ならどこでもいいのだが、今回は昼食場所も事前の作戦会議で決めてある。


「無難にファミレスでいいんじゃないかな。安いし種類も豊富だしね」


 こういう時に率先して意見を出してくれる存在は素直にありがたい。早いとこ俺も麻倉の意見に便乗してしまおう。


 「却下だ」


 と、俺が口を開くよりも声を上げた者がいた。吉野だ。

 マリンガーデンでは大人しくしてたから油断してた。


 「ボクはマックがいい」

 「ちょっと待って吉野ちゃん。じょ、冗談だよね? ファミレスって決めてたよね?」


 麻倉は動揺を隠しつつ笑顔のまま問いかける。よし、頑張れ。吉野の暴走を止めてくれ。


 「知らん。マック以外は行かないぞ」


 麻倉を真っ向から見つめ意志を主張する吉野。不穏な空気が漂い始める。

 チンッと音を立てエレベーターが到着する。周りの人たちが乗り込む中、俺たちは動かない。


 「マックは今度にしない? 私、いくらでも付き合うからさ。ここは私に譲ってくれないかな?」

 「ボクは今、食べたいんだ」


 予定通り進めるために麻倉は食い下がるが、しかし吉野も引き下がらない。

 そもそも、ファミレスとマックは専門店か否かの差異だけで他に大した違いはない。

 では何故、麻倉はファミレスに拘るのか……それは、偏にドリンクバーがあるからだ。


 なんでも幼い頃から付き合いのある一条とは、昔からよく家族ぐるみでファミレスに行っていたらしく、ファミレス延いてはドリンクバーに強い思い入れと思い出があるらしい。

 昔と今の変化を意識させたいって話だったけど、ドリンクバーごときで出来るのか今でも疑問だ。

 一人思考にふけっていれば、自分で説得は無理だと悟ったか麻倉がこちらへ救難の視線を向けていた。

 協力するって約束したし、俺も少しは頑張るか。


 「今回は麻倉さんの依頼で来てるわけだしさ譲ろうよ。後で部長に報告したときに困るのは吉野なんだし」


 使いたくはなかったが、こうでもしないと吉野が従うことはないだろう。


 「こっちはわざわざ貴重な休日を消費してるんだ。昼ぐらい決めさせろ」


 部長に言われたとはいえ、吉野の中では無理矢理付き合わされてるって認識なんだよな。

 こりゃ無理だろ。はぁ。

 どう説得しようか顎に手を当て思考を巡らせ始めた矢先、ここまで沈黙を貫いていた男が動いた。


 「丸口はファミレスとマックどっちがいいんだ?」

 「えっ俺? 俺はどっちでもいいけど」

 「なら、ここで解散にしようオレたち。オレはいのりとファミレスに行くから丸口は吉野について行ってやれよ」


 親指を立て人好きのする笑顔を浮かべる一条。隣りの麻倉は不安げだ。

 くそ、咄嗟だったからつい本音が出てしまった。


 「いやちょっとま──」


 俺の訴えを一条は手で制し、こちらに近づいてくると、


 「いいからいいから。ここからは吉野と二人で楽しんで来いよ。水族館じゃ役に立てなくて悪かったな」


 そう、耳打ちしてきた。

 一条のやつ、俺が吉野を好きだと誤認してるんだった。

 撤回したいけど、ここで俺が何を言っても照れ隠しだと受け取られる可能性がある……面倒くさいな。


 「吉野もそれでいいか?」

 「マックが食べれるなら何でもいい」


 チンッと音が鳴り、再びエレベーターが到着した。


 「じゃあ行こうぜ」


 歩き出した一条に合わせ俺たちも乗り込む。

 静寂に包まれたエレベータ内。呆然と立ち尽くす麻倉を見て申し訳なく思う。


 「麻倉さん、変な事になってごめん」

 「え? ……ああー、大丈夫気にしないで。ちょっと想定外だけど昂輝と別れるわけじゃないから問題ないよ」


 そう言って、麻倉はふにゃりとした笑顔を見せる。

 エレベーターが止まり、扉が開く。

 四人で何を話すでもなく、歩きサンシャイン通りに出ると、二言三言だけ挨拶を交わして別れた。


 結果、まさかの吉野の我儘が押し通る形で終幕となった。

 張り切って作戦とか考えてたけど意味なかったな。てか、今日マジで何もしてないな俺。

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