第10話サニー水族館
屋内エリアと屋外エリア、(通称マリンガーデンと呼ばれる)に別れているサニー水族館に入館した俺たちは順当に屋内エリアから見て回ることにした。
自動ドアを潜り抜けると館内は暗く涼しい空気に包まれていた。
まず最初に目に入るのは「サンゴ礁の海」。
その名の通りサンゴ礁で生きる魚たちが水槽内で泳いでいる。
「「おぉ~っ!」」
周りの視線も気にせず麻倉と一条は揃って声を上げた。
忘れてはならないが麻倉の容姿と服装(地雷系)は目を引くのだ。
「何の魚か分からないけど美味しそう」
「水族館に来て出る感想じゃないな。ほら上に魚の名前と説明があるぞ」
「ホントだ!」
笑顔を浮かべ一条の言動に一喜一憂している姿は傍から見れば恋人同士にしか見ない。
今も一条の手を引き仲良く先に進んでいる。これ、俺たち必要だったのか?
思ったより麻倉自身が積極的に動いてくれてるおかげで、せっかく立てた作戦もやれることがないな。
俺も水族館を楽しもうかなと思った矢先、入口へと引き返す小柄な人影が目に入る。
「ちょっと待て。吉野、お前どこに行くつもりだ」
「帰るんだ。ここに来た時点で目的は果たしただろ」
おいおいマジかよ。今帰られたらこの後の作戦に影響は特にないけど……俺が超困る。
「帰るって、来たばかりじゃないか。外にはカワウソだっているし、もう少し楽しんでからでもいいんじゃないか?」
「断る。今日来たのは
そうだけどその通りなんだけど。なんて言うか、もうちょっと人としての道徳というか配慮を持ってほしい。
くそ、こうなったら奥の手を使うしかないか。
「いま、今帰ったら部長に報告するからな」
その言葉にピタリと動きを止める吉野。
「ハッタリだな。
「そう思うのなら帰ればいい。ただ家に着いたときに部長からなんて言われるかは俺の知ったことじゃないけどな」
もちろん嘘だ。部長の連絡先なんて持っていない。
だから、このまま帰られたら他に吉野を引き留める術はないし、部長に会えば俺の言葉が嘘だと露呈する。
けど、吉野にとって部長は絶対の存在だ。これまでの事を思い出しても吉野が部長の指示を無視したり反論したことは一度もない。
そんな部長に不利益な報告をされるのは吉野的に困るわけだ。
「分かった。もう少しだけ一緒にいてやるから佑助には何も言うな」
「ありがとう。最後までいてくれたら部長にも良いように言っておくよ」
「うるさい外道」
俺の横を通り抜けて奥へ進む吉野を見送りながら思う。
外道なんて生まれて初めて言われたよ。まあ、自分の為に吉野を脅したことになるわけだし甘んじて受け入れるか。
しかし、部長に対する吉野の異常なまでの執着は何なんだろうな。普通の兄妹ってだけじゃないような……いや、姉さんがあんなだし案外これが普通なのかもな。
「俺も行くか」
どさくさに紛れて吉野が帰らないかも注意しつつ水槽内で泳ぐ魚を見る。
人が多いのもあり間近で観賞するのは難しいが、上部に取り付けられた紹介文とちょろっと見える魚とで満足感は味わえる。
さらに進むと「
この場所にはクラゲしか展示されておらず、かつ水槽内のみライトアップされ神秘的な雰囲気を醸し出している。
「すっげ」
事前に立てた作戦ではココで自然に二人同士で別れる手筈だったが納得だ。
ラノベとかアニメとかでも距離が縮むイベントの時は薄暗いとこか夜、又は雨の日だと相場が決まっている。
その証拠に周りには二人組の男女が多い。
ちょっと気まずいな。早いとこ次のエリアに進むか。
と、足を運ぼうとした俺の視界の端に、またしても水色の髪を一つに纏めた小柄な背中が映った。
クラゲを見つめたまま動かない吉野が気になり近づいて行く俺。
「クラゲ好きなのか?」
「なんだ外道か」
「クラゲ好きなのか?」
「なんだ外道か」
「俺が悪かった。こっちにも色々事情があるとはいえ脅すような真似をするべきじゃなかった」
「ん、許してやる。ボクの心が広くて良かったな」
元はと言えば吉野が帰ろうとしたのが原因だけどな。
「吉野はクラゲが好きなのか?」
「好きか嫌いかで言えば嫌いだ。見た目がキモイからな」
キモイか、個人的には可愛いと思うんだけどな。一人じゃ生きていけない小動物みたいで。
「なら何でずっと見てたんだ?」
「あれのせいだ」
言いながら指をさした先、クラゲトンネルの中を並んで歩く麻倉と一条の姿があった。
「二人を気にして通れないって事なら反対側から進めばいいと思うけど」
「違う。ボクが他人に気を遣うと思うのか?」
いや思うだろ。逆にこの状況で使わないとでも言うのか。
「じゃあ何で……」
「恋してるいのりを見ると腹が立つんだ。だから心を落ち着けてた」
なるほど?
「だったら嫌いなクラゲじゃなくて、向かいにあるエイとかがいるラグーンを見ればいいのに」
「あっちは人が多い。それに明るい」
これは納得だ。俺も同じ理由でこっちに来たわけだしな。
でも一つ、スルーするには聞き捨てならない言葉があった。
「……麻倉さんに関して訊いてもいいか?」
「別にいのりが嫌いって訳じゃない。ただ、恋に本気で向き合ってるのが気に食わないだけだ」
声のトーンこそ変わらないが、クラゲを見つめる吉野の手に作られた握り拳はフルフルと震えていた。
感情の変化が乏しく分かり辛い吉野だけど、今の言葉は本心からだと分かる。
「嫌いなのか恋愛が」
「大嫌いだ。どれだけ頑張っても、報われる保証がないんだからな。本気であればあるだけダメだった時に負う傷は大きいんだ」
話し終えた吉野の腕からは力が抜けていて握り拳もほどかれていた。
今の話を聞いて分かるのは吉野が恋に敗れたということ。
きっと、その時の傷が未だに癒えてないのだろう。
にしてもどうしよう。軽い気持ちで訊いた割には結構センシティブな内容だったな。
心なしか空気も重いし謝るべきなのか? いや謝ってもこれは吉野自身の問題だし意味ないな。
けど、ここで吉野を置いて立ち去るのも違うよな。自分から突っ込んだ問題なんだし頑張るか。
「なあ吉野。悩み相談していいか?」
「なんだ急に。頭でもおかしくなったか」
「いや違くて。二個上に姉さんがいるんだけどさ、来月誕生日なんだよ。プレゼント何がいいと思う?」
「自分で考えろ」
相変わらず辛辣だな。でも、めげないぞ俺は。
「そうしたいんだけど去年それで半殺しにされて今年はミスれないんだ。頼むよ」
やれやれと溜息をつきながらこちらに向き直る吉野。
「はあ。一体何をあげたんだ去年」
「……下着だ」
「最低だな」
やっぱりそうなのか。欲しいって言ってたから勇気だして店で買ったんだけどな。
「たかが誕プレ、去年の下着に比べたら何でも喜びそうなものなのに必死になる理由はなんだ?」
「姉さんのためだ」
延いては自分の命のためだ。
「……好きなのか姉のこと」
「嫌いなわけないだろ」
俺が姉さんを嫌ったら何をしでかすか分からんぞ。
堂々と言い切る俺を見て何を思ったのか吉野は──
「ふふっ一緒だな。ボクたち」
笑った。初めて見る吉野の笑顔だった。
意味不明だが、恐らく二個上に兄姉がいる者同士って事に親近感でも湧いたのだろう。
とりあえずプレゼントの回答を求む。
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