第5話 姉さん
それから二日後、土曜日の挽。俺は自室にてタンスから引っ張り出した服たちを前に頭を悩ませていた。
事情や気持ちはどうあれ俺は明日デートデビューをする。
それぞれペアの決まっているダブルデート形式ではあるが女子と遊びに行くこと自体が稀有なため自然と気合が入ってしまう。
「やっぱり無難にチェックシャツにジーパンがいいか……いや、あえて短パンTシャツにするのもアリか」
「こんなに部屋を散らかして何をしているの?」
悩みすぎて頭が混乱している俺の耳に、澄んだ声音が聞こえてきた。
「姉さん、なんで俺の部屋に。鍵かけてたはずだよね」
「そんなの合鍵を使ったに決まってるじゃない」
衝撃的な事実を平然と言ってのけたのは姉の
それよりまて、合鍵だと……いったいいつ作ったんだ。
「明日どこか出かけるの?」
「うん、ちょっと野暮用でさ。このチェック柄のシャツにジーパンで行こうと思ってるんだけどどうだろ」
悩んだ末最初に頭に浮かんだ服装を提案する。中学時代に親に買ってもらったお気に入りだ。
「やけに真剣じゃない。なに友達でも出来たの?」
「え、いや違うけど」
「違う……もしかして彼女?」
瞬間──佳乃の背後からドス黒いオーラが立ち昇る。
「残念だけどそれも違う」
「そう、まあよく考えてみれば当然よね。今までろくに友達すら出来た事がないんだから彼女なんて出来るはずないわよね」
安心したように息をついた姉さんはドスッと俺のベッドに腰掛ける。
余裕を取り戻した姉さんは足を組みながら退屈そうにこちらを見つめる。
「大方、楽しみにしてたゲームの発売日かなんかで気合が入ってるだけなんでしょ」
「それも違う。明日部活の関係で水族館に行くんだ」
「部活? あんた部活なんて入ったの? お姉ちゃん聞いてないんだけど」
報告義務もないと思うんだけど。なんて言ったら怒るだろうから言わないけど。
「ごめん姉さん最近ちょっと忙しくてさ」
「今日も一日ラノベにゲームと遊んでたくせに忙しいなんてよく言うわ。で、何の部活に入ったのよ?」
精神的に忙しかったから嘘ではない。実際今も悩んでたしね。
「
「青援部⁉ 青援部に入ったの?」
途端に焦りだす姉さん。
「そうだけど姉さん知ってるんだ」
「知ってるも何も去年お世話になったのよ。そんなことより吉野くんから私のことで何か言われたりしてないわよね?」
「なんにも聞いてないよ。てか姉さんも青春援助部に行ったりするんだね、意外」
「意外って何よ、私だって悩み事ぐらいあるわよ」
なるほど、その悩み事とやらを俺に知られたくないわけか。
「まあ、そもそも部長は俺と姉さんが姉弟だって知らないと思うから心配ないと思うよ」
正式に出入し始めてから一週間経つけど姉さんの名前が出たことなかったし。
「あの吉野君が気づいてないわけないと思うけど……何も言われてないならいいわ。それにしても依頼ね。受験生なのに人助けなんてよくやるわね」
「部長がお人好しなのは、この短い間でも見てて分かった。けど明日は部長と白石先輩来ないんだ」
「ふーん来ないんだ。吉野君にも受験生としての自覚がようやく芽生えたってことかしら」
どうだろ? 部長のあの言い分だと受験ってよりは今後の部活を気にしてって感じぽかったけど三つ目の理由がそうだったのかな。
「それで、明日はあんたと依頼者の二人ってわけね」
「いや、俺合わせて四人だよ」
「四人……あとの三人は男一人に女二人?」
「よくわかったね」
俺の言葉に、姉さんの顔から表情が消える。
「ダブルデート」
ポツリ呟いた姉さんは力が抜けたように立ち上がると俺の首に手をかけ、そのまま押し倒した。
「ねえどういうこと? 部活って話じゃなかったかしら。お姉ちゃんに嘘ついてたの?」
黒髪を垂らしながら見下ろしてくる姉さんの黒瞳からは明るさが消えている。
まずったなー、姉さんの逆鱗に触れたか。嘘をつくべきだったかな……いやそれじゃ意味がないしな。
「なんとか言いなさいよ、死にたいの?」
何も答えないままでいる俺を見た姉さんは首を握った手に更に力を籠める。痛いそして苦しい。
「ぐ、ぐびが……じまって、ごだえうぇないっ」
床をタップしながら訴えると姉さんは俺が喋れる程度まで力を緩めた。
「弁明は?」
「弁明も何も誤解だよ。確かに形式上はそう見えるかもしれないけど明日は麻倉さん、クラスメイトの恋愛を手伝いに行くだけで遊びに行くわけじゃないんだ」
「だったらあんた一人でいいじゃない。依頼した子を手伝うだけならもう一人の女子は必要ないはずよね? お姉ちゃん納得できないんだけど」
青春援助部って青春を手助けする部活なんだから今ので納得してくれよ。めんどくさいな。
「役割があるんだよそれぞれ。さりげなく二人きりにしたり、相手の気持ちを聞いたり、男の俺じゃ出来ないこととかさ、あんまり詳しくは言えないけど姉さんならわかるでしょ」
「……本当に部活なのよね?」
「そうだよ」
相変わらず明るさのない姉さんの目を真っ直ぐ見つめること数十秒。
俺の首から手を離した姉さんは静かに口を開いた。
「分かった信じてあげる」
そう言って立ち上がった姉さんを尻目に天井を仰いでいると不意にこちらへ手が差し伸べられた。
「ほら立ちなさいよ。お姉ちゃんが明日着てく服選んであげるから」
「ありがと姉さん」
もう見てて分かっただろうが丸口佳乃こと姉さんは重度のブラコンだ。
外では自重している分、家中では少々行き過ぎるきらいがある。
故に今までも姉さんに知られたくない時は鍵を閉めてきたわけだが。
はあ、また母さんに頼んで鍵を新調してもらわなきゃな。これで何回目だろ。
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