第4話 初めての依頼者

 その日の放課後、部室にて。

 俺はいつも通りラノベを読んでいた。

 今、読んでいるのは『転生してもヤンデレ幼馴染からは逃げられませんでした』略してヤンおさだ。


 タイトルから分かる通り、この物語は転生先の異世界まで追いかけてきた幼馴染との異世界ファンタジーでヤンデレ幼馴染の萌華の狂気じみた行動の数々が読んでて面白い。


 まだ二巻までしか読めていないが異世界で再開した主人公の容姿を魔法で転生前の容姿に戻したシーンが一番衝撃だった。

 創作物の中だからこそ笑えるが実際自分がやれるのを想像するとゾッとするものがある。怖いよねヤンデレ。


 「うぉい何だまた俺の負けかよ! もうこれで四連敗……イカサマしてんじゃねーだろうな」


 集中力を乱す大声が聞こえ首を向ける。


 「イカサマなんてするか。佑助ゆうすけが弱すぎるだけだ」

 「いい加減やめたほうがいいわよ。ポーカーフェイス出来ないんだから」

 「はぁー? 出来るが俺そんなんめっちゃ得意だが」

 「ほーん、ならちょっとやってみなさいよ」


 そう言って白石先輩はババを含めた二枚のトランプカードを部長に手渡す。


 「はんいいぜ、やってやんよ俺やってやんよ見せてんよ」


 部長は手を後ろに回し右へ左へ何度かカードを入れ替えて前に持ってくる。


 「……」


 白石先輩がカードを選ぶべく右を掴めば焦ったようなあほ面、左を掴めばほっとしたような表情。小学生でも丸わかりの大根ぶりだ。

 部長ってマジでババ抜きに向いてないな。


 「こっち」

 「ぐぁぁぁぁ」


 迷うことなく右のカードを引き抜き白石先輩の勝利が確定した。またしても敗北した部長は畳に拳を打ち付け悔しがっている。

 ババ抜き一つであそこまで悔しがれるのは素直に凄いと思う。


 「やっぱ才能ないのよ」

 「もう一回、もう一回だ」

 「やめとけ佑助。恥をかくだけだ」


 と、その時ガラッと音を立て部室のドアが開いた。


 「こんにちは」


 部屋に入ってきたのはゆるふわウェーブの銀髪が特徴の女子生徒だ。


 「麻倉あさくらさん……?」


 彼女の名は麻倉いのり。同じ中学出身で同じクラスだったりする。

もちろん友人などではなくただのクラスメイトだ。

 思わず口に出てしまったが、何故に彼女がここへ来たのか皆目見当もつかないな。


 「えっと……青春援助部で合ってますよね?」


 突然の訪問者に驚き固まっている俺たちを不審に感じたか首を傾げる麻倉。

 それにいち早く我に返った部長が麻倉さんの方へと近づいていく。


 「おっ、おー合ってる合ってるぜ。ようこそ青援部へ歓迎するぜ。とりあえず座ってくれや。ひめ茶入れてくれ」

 「はいはい、今準備するわ」


 人好きのする笑顔を浮かべた部長に促されるまま麻倉は俺の対面の席へと腰を下ろす。


 「その上履きの色からして君一年だろ? ここに来たってことは何か悩み事か?」


 俺の隣に座った部長は何の前置きもなく手慣れた感じで話を切り出し始める。


 「はい、相談と言いますか依頼したいことがあるんですけど……奥にいるの吉野未仲ちゃんだよね? 丸口くんが青春援助部なのは朝の件で知ってたけど……どゆこと?」


 やっぱりバレてたか、と言うより目立ってたか。


 「クラスでもあまり接点ないから驚くのも無理ないけどただの偶然だよ」

 「ふーん、変な偶然もあるんだね」


 自分から聞いてきたくせにさほど興味も無さそうに相槌を返すと麻倉は俺から視線を切り部長へと向き直る。


 「こほん。単刀直入に言います……私の恋愛を手伝ってほしいんです」


 いきなりとんでもないことを言い出したな。


 「恋愛か……なるほどな。いいじゃない、いいじゃない高校生らしくて。まさしく青春って感じだな。よし引き受けるぜその依頼。っと、わりー名前何だっけ?」

 「あ、一年の麻倉いのりです」

 「俺は部長の吉野だ。で、今茶淹れてんのが副部長の白石姫しらいしひめ、後は面識あるみたいだしいいだろ。うし、じゃ具体的に色々と教えてくれ麻倉ちゃん」


 と、一人ノリノリやる気全開な部長にお茶の入ったコップを机に置いた白石先輩が待ったを掛ける。


 「麻倉さんの恋愛事情をまだ何も聞いてないのに安請け合いしていいわけ?」

 「だーからこれから聞くんだろ話を。何気にしてんだよ、別に初めてじゃねーだろ」


 肩を竦める部長の隣へ腰かけた白石先輩は呆れたようにため息を吐く。


 「忘れたの? 去年の夏休み前に来た根暗ねくらさんのこと」


 根暗さんとやらが誰かは存じないが部長はその名前を聞いた瞬間表情を曇らせる。


 「嫌なこと思い出させんなよ。あれは特殊ってか異常のたぐいだろ、実際その後にきた恋愛相談なんかはまともだったし大丈夫だって」


 部長のあっけらかんとした言葉にいまいち納得いっていないのか白石先輩は麻倉をじっと見つめてから口を開いた。


 「確認させてもろうけど、麻倉さんが想いを寄せている人に恋人はいないわよね?」


 とんでもないことを言い出したぞこの人も。


 「い、いないですいないですいるわけないです。いたら困ります」


 手と首をぶんぶん降る麻倉。


 「そっか、それならよかったわ。ごめんね失礼なこと聞いて」

 「気にしないでください。さっきの反応で前に何かあったんだなって分かりましたし」


 屈託のない笑顔をみせる麻倉に白石先輩も思わず笑みがこぼれる。


 「ありがとう。少し脱線しちゃったけど改めて麻倉さんの話を聞かせてもらえるかしら?」


 居ずまいを正し小さく深呼吸した麻倉は静かに口を開いた。


 「私には幼馴染がいるんです。家も近所で保育園に入る前から家族同然の付き合いでずっと一緒に育ってきて……けっ、結婚の約束だってしたんです。これが証拠です」


 首にかけていたペンダントの先を胸元から取り出しこちらに見せてくる麻倉。

 そのペンダントのチェーン先端にはおもちゃの指輪が付けられていた。


 「おっ、おぉ。そっか身に着けちゃってんのか。ちなみに結婚の約束をしたのはいつなんだ?」

 「四歳の頃です」


 えっ⁉ 冗談だろ。その時の約束を未だに信じてるのか? ちょっと怖いな。


 「な、なるほどな。ええと幼馴染の彼とは今も仲はいいんだよな?」

 「もちろんです。高校に入るまではずっと同じクラスでしたし休日だって二人で遊びに行きますから」


 ペンダントを胸元にしまいながら麻倉。


 「そんだけ仲がいいなら俺たちが出る幕はねーんじゃねーか?」

 「本当なら私も来るつもりはなかったんです。……でも最近、昂輝こうき奈央なおちゃんの様子がおかしいんです」


 薄々勘づいてたけどやっぱり一条とのことだったか。

 一条昂輝いちじょうこうき、麻倉さんと同じで中学の頃の元同級生。付け加えるなら超が付くほどのお人好しでおまけにイケメンだ。もう一人名前が出てきたけどそっちは知らん。

 入学式の日に偶然見かけた以来はクラスも違うし特に関わりはない。友達とかじゃないしね。


 しかし、意外だな中学の時は登下校含め四六時中一緒にいたイメージだから、てっきり二人は恋人同士だと思ってた。


 「ちょっと待ってくれ。その、こうきって奴が幼馴染なのは分かるけどもう一人の方は誰なんだ? 友達か?」

 「あっそうですよね、いきなりすみません。奈央ちゃんは高校に入ってから出来た親友です。入学式の日に偶然出会って仲良くなったんです」


 もしかして水色リボンの子かな? まあ関わることもないだろうしどうでもいいか。


 「最初はよかったんです。三人で仲良く遊んだり悩み事なんかを相談しあったり不思議と馬が合うっていうか昔からの友達みたいな安心感もあったんです」


 麻倉は一旦そこで話を切ると次の瞬間──机に思い切り手を突き立ち上がるとヒートアップする。


 「……けど、最近二人の距離感が近い気がするんですよ! 奈央ちゃんはやたらボディタッチするし昂輝はそれを嫌がらないし……こないだも私の誘いを断ったくせして二人で遊びに行ってたの! もうなんなの!」


 これはもう二人はデキてるんじゃなかろうか?


「それってもう付き合ってんじゃねーか二人は」


 奇しくも俺と同じ結論に至った部長は何のはばかりもなく声に出す。

 すかさず白石先輩からの鉄拳制裁が後頭部を襲い倒れ伏す部長。これはしょうがない。

 一方で麻倉は先ほどの激情交じりの表情から打って変わりすんと真顔になる。


 「それはないです。言質とってるんで絶対ないです」


 わざわざ聞いたのか。素直に凄いけど表情が怖いな、完全に感情が死んでるよ。


 「い、今の話で大体分かった。そのこうきとか言う幼馴染がこのままだと親友に取られるかもって焦ってるわけだな」


 よろよろと起き上がりながら核心に触れる部長。さすがにタフだ。


 「はい。その通りです」


 頷いた麻倉は椅子に座り直すと俯きがちにテンションを落とす。

 麻倉さんって感情の落差が激しいな。いつもローテンションな吉野とは真反対だ

 と、そんな風に一人気力をなくす麻倉の両手を不意に白石先輩が握る。


 「好きな人を想う気持ちはよーく分かるわ! そういうことなら私達に任せてちょうだい。青援部が全力でサポートするわ」


 勢いよく身を乗り出した白石先輩はやる気満々だ。初めて見るなこんな先輩。


 「ありがとうございます」


 少し戸惑い気味にだが嫌な顔せずすぐに笑顔を作れる所はさすが陽キャといったところか。


 「それじゃまずは何をしようかしら、手っ取り早いのはデートに行って普段とは違う自分を意識的に魅せることよね」

 「あっ、それならちょうどいい物があります」


 そう言うと麻倉はスクールバッグの中からチケット用封筒を取り出す。


 「これって……チケットよね? サニー水族館の」


 白石先輩が言ったように中から出てきたのはサニー水族館のチケットだった。

 懐かしいな俺も子どもの頃に連れて行ってもらったな。


 「父が会社の人から貰ったらしいんですけど家族で行くには都合がつかないから友達を誘って行きなさいってことで一昨日ぐらいに貰ったんです。四枚も」

 「四枚、もしかしてだけど……」


 何かに気付いたのか言葉に詰まる白石先輩に麻倉は笑顔を浮かべ、


 「はい、二枚差し上げます。私が昂輝を誘うので先輩たちは当日それとなく私をサポートしてほしいんです」

 「えと、本当にいいの? 友達と行った方がいいんじゃないの?」

 「大丈夫です。むしろこれくらいやらないと昂輝には響かないと思うんです」

 「本気なのね?」


 麻倉の覚悟を確かめるべく見つめる白石先輩。

 それに怯まず神妙に頷く麻倉。


 「分かったわ、麻倉さんの本気に私達も全力をもって応えるわ!」

 「ありがとうございます。早速なんですけど色々と作戦を決めたいです」

 「もちろん任せてちょうだい。経験則から──」

 「ちょっと待て」


 息つく暇もない程にあれよあれよと話が進み始めた矢先、口を噤んでいた部長が待ったを掛けた。

 部長の表情はやけに真剣だ。


 「なによ、もしかして断るとかじゃないでしょうね?」

 「ちげーよ。もちろん依頼は受ける……が、今回は未仲と丸口の二人に任せる」


 …………はい?

 なんか今とんでもない事が聞こえたような気がするぞ。


 「……えっと、部長いまなんて言いいました?」

 「今回はお前らに任せるって言ってんだよ」


 聞き間違いじゃなかったのか……しかし、問題はない俺は嫌なことをNOと言える男なのだ。


 「あの悪いんですけど部長、おこ──」

 「断るなんて言わせねーぞ。その場合、未仲と俺とで丸口のないことばかりの噂を学校中にバラ撒く事になる」


 いいのかと言わんばかりにわっるい顔をする部長。

 また突拍子もないことを言い出したな。


 「そんなことしても誰も信じる人いないですよ」

 「いーや信じるね。例えば丸口は未仲にフラれたことがある、なんて噂を流せばどうなると思う?」


 最悪だ、そんな事実はないけど吉野が部長と口裏を合わせれば真実になる。

 悪魔だなこの人。

 俺は降参を示すように両手を上げる。


 「はあ~分かりましたよ、やればいいんですよね」

 「物分かりが良いのは嫌いじゃないぜ。未仲もそれでいいよな?」

 「佑助がやれっていうのならやる」

 「じゃあやれ」

 「分かった」


 畳の上で寝転がり読書に耽っている吉野は顔を上げることなく応える。

 相変わらず吉野は部長の言う事なら何でも聞くんだな。


 「うし、それじゃ後はお前らに任せるわ。姫、帰んぞ」


 そう言うと部長は立ち上がり荷物を手に取った。


 「ちょっと待ちなさいよ、どうして急にそうなるのよ。何も丸投げする必要ないでしょうが皆でやればいいじゃない」

 「時間ねーし簡潔に言うぞ。理由は三つ、一つ目が後進の育成。俺らも受験で直に引退するからな、少しでも経験を積ませときたい。二つ目が俺らはいないほうがいいから。丸口と麻倉ちゃんは知り合いっぽいし、未仲も同じクラス。俺らがいないほうが同級生同士気兼ねしなくて済むだろ」


 部長も部長なりに色々考えてるんだな。毎日遊び惚けてるから何も考えてないのかと思ってた。

 けど、一個言いたいのが俺たち三人は同じクラスであっても友達とかじゃないのだ。故にめっちゃ気まずいが。


 「確かに一理あるわね。でも、少し急ぎすぎじゃない? 引退って言ってもまだ五か月くらいはあるじゃない、それに三つ目は?」

 「最長五か月ってだけだ。三つ目に関しては帰りながら話してやるから帰るぞ」


 ぶっきらぼうに話を切った部長は白石先輩の荷物を肩に掛けながら強引に手を引き「じゃあまた明日な」とだけ言い残し二人は部屋から出ていった。


 「えっと……先輩たちいなくなったけどどうします?」

 「どうしますって当然やるに決まってるよ。なんせ私の青春が懸かってるからね」


 青春を懸けてたのか。


 「予定と少し違うけど仕方ないね、改めて作戦を考えましょ。吉野ちゃんもこっちに来て」

 「めんどくさいから断る」

 「部長さんに言いつけるけどいい?」


 その言葉にピクリと反応を示した吉野はめんどくさそうに起き上がりこちらにやってくると席に着く。


 「さて、それじゃあ始めよっか〝ダブルデート大作戦〟の作戦会議を!」


 作戦名からして不安全開の会議が幕を開けた。

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