第3話 新たなフラグと茶番劇
五月十三日──朝。
蒸し暑さが顔を出し始めた今日この頃、校門を潜った俺は教師へ向けて一人歩いている。
あれから一週間が経った。最初こそ『めんどくさい』と億劫だったが、いざ蓋を開けてみれば極楽浄土だった。
というのも暇なのだ。この部は依頼者が来て初めて稼働するため、依頼者が来なければ大してやることのない文字通り暇な部だ。
その所為か遊び道具や娯楽はやけに充実していた。ゲーム機等はないがトランプやUNO、あまり馴染みのないボードゲームに本棚には大量のラノベや漫画が数多く揃っている。
部長曰く、どれもこれも先輩達が残していった物らしい。
ボドゲのおかげか先輩達と打ち解けるのにそう時間はかからなかった。今では部室に二人きりだろうが緊張することはない。
毎日、放課後はラノベやゲームが出来ると思えば実に楽なものだ。
さて、今日は何を読もうかな。
とかなんとか考えてる内に俺のクラスである一年一組の教室へと辿り着く。
ドアを開けて中に入る。
俺が入ってきたことなど誰も気付かない、いつも通りの朝……の、はずだが何かやけに視線を感じる気がする。
あくまでも気がするだけだ。俺の視界は足元なので勘違いかも知れない。
しかし、すぐにそれが勘違いでないと思い知る。
窓際列、前から三番目に位置する俺の席。その机上に三つの三角札が置かれている。
前後左右どこからでも見えるように上下右と綺麗に立てられた札には何やら文字が書かれていた。
『青春援助部、なんでも相談受け付けます』
考えなくても誰の仕業か分かった。
一番後ろの窓際席で悠々と読書に耽る小柄な水色髪のおさげ少女、吉野未仲。
間違いなくあいつの仕業だ。
目立たず平穏な学生生活を送りたい俺にとって、この事態は喜ばしくない。てゆうか腹立たしい。
けど、俺の心は海よりも深いのだ。慈愛に満ちた優しき心でデコピン一発で許してやろう。
とりあえずこれ以上注目されるのを防ぐべく、素早い手つきで札を片付け机に伏せる。
早く始まってくれHRよ。
「あの、丸口さんちょっといいですか?」
聞き覚えのない声に顔を上げる。
こちらを見下ろすように立っていたのはクラスメイトの
肩ぐらいまで伸びた亜麻色の髪に三日月の髪飾りを付けた美少女だ。
「ええと……何か用でも?」
「聞きたいことがあるんです。丸口さんは青春援助部に入ってるんですか?」
「えっと、まあ一応」
「それは良かったです。それでですね、何でも相談を受けてくれるのは本当ですか?」
にこりと笑みを浮かべる茅野。
「ま、まあ一応」
「実はですね折り入ってご相談したいことがありまして」
これはまずい。何となくそうかなとは思っていたけども、今この場で始められるのはとても困る。
「ちょっと待ってくれ、一回落ち着こうか茅野さん」
「ほぇ?」
意味が理解できてないのか首を傾げる茅野。
「悩みがあるのは分かったけどさ、いきなり相談は急すぎるだろ?」
「? 何か問題でもあるんですか」
「えっいや、だってほら俺ら初対面だし」
部活自体あんまり乗り気じゃないし、そういうのは部長たちに任せたい。
それと距離の詰め方がちょっと怖い。
「変なこと言いますね丸口さん。確かに今まで丸口さんとお話したことはないですが部活なんですよね? 相談を受けて力になってくれる」
「あーうん。そう、なんだけど……」
「だったら何も問題はないはずです」
問題大ありです。茅野といい吉野といい周りからどう見られているのかをもっと自覚してほしい。
「……分かったよ相談は受ける。けど放課──」
「ありがとうございます。では早速なんですけど」
嬉しいのか茅野は机の上に両手をつき身を乗り出してくる。
……頼むから最後まで話を聞いてくれ。あと近い顔が近い。視線が痛い。
周りの主に男子からの視線に晒され話の内容に集中できずにいると、視界の右端に見慣れない男女二人組が入り込む。
「月夜みーつけた」
「にゅあ⁉」
そのうちの一人、女子生徒の方が背後から茅野に抱きついた。不意の一撃にたまらず変な声を上げる茅野。
「げっ⁉
知り合いなのか振り返った茅野が途端に嫌な顔をする。
「おい月夜、昨日言っていた宿題の件はどうなった?」
「あのですね、それはそのー」
もう一人の男子生徒からの問い掛けに茅野は分かりやすく目を泳がせている。
にしても宿題か……昨日出たのは数学のみのはずだけど、この反応じゃやってなさそうだな。余談ではあるが当然俺はやっている。
茅野の反応を見て男子生徒は俺と同じ結論に至ったのか冷たい視線を送りながら口を開く。
「連れていけ朝陽」
「ラジャー」
笑顔で敬礼のポーズを取ると女子生徒は茅野を羽交い絞めにして出口へと向かい始めた。
「待って、待って下さい。宿題はやってないので待って下さーい」
「待つわけないだろ、HRまでには返してやる」
「頑張ろうね月夜」
「そんなーー」
目をぐるぐるさせ焦っている茅野の悲痛な悲鳴が教室内に響いた。
そんなに嫌ならちゃんとやってくれば良かったのに……てか、なんだこの茶番は。
俺はそっと机に伏せた。
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