第2話 青春援助部
ああ帰りたい。
東校舎一階奥の角部屋。
吉野に連れられ部屋に入ってから五分は経過したと思う。最初に『適当に寛いどけ』と言われてから交わした会話はなく、勝手の分からない俺を放置して吉野は何処から持ってきたのか謎である二畳の畳に寝そべり一人読書に耽っている。ちなみに俺はこの五分間、パイプ椅子に腰掛けて妄想に花を咲かせていた。
しかし、改めて部室を見て思う……青春援助部とは一体何の部活なんだ、と。
目の前の壁には大きな本棚が置かれびっしりと漫画やらラノベやらが敷き詰められているかと思えば、背後の壁に置かれた棚には野球グローブやバット、サッカーボールにバドミントンラケット等のスポーツ器具がガラス越しに見える。
「あの吉野さん、この部ってなんの活動してるんだ?」
「ん……色々だ」
「た、例えば?」
「色々だ」
訪れる静寂。
色々か……なるほど分からん。俺もう帰っていいかな。
ほとんど無理やり連れてきたくせに、一切説明がないのは酷すぎる気がする。クラスで俺のことを内心羨ましがってた男子たちよ、金を払うから今すぐ変わってほしい。
はぁ、なんか緊張してるのが馬鹿らしくなってきたぞ。開き直って俺は気になっていた文庫本『妹と始める二人暮らし』を手に取る。
タイトルから妹とのラブコメ作品に感じるが、はてさて表紙は……黒髪ロングの巨乳娘か、おそらくこの子が妹だろう。ふふっ期待が高まるじゃないか。ラノベにしては若干薄い気もするけど、他の部員が来るまで暇だし読んでみるか。
早速、ページをめくる──四月八日、今日は兄である佑助と佐助がこれから通う中学の入学式だ。私服ではない制服姿の兄を見た時、ボクは初めて自分の気持ちに気づいた。
……へぇ、てっきり兄が主人公の話かと思ったけど妹が主人公のパターンか、それに手書きだ……これほんとにラノベか?
俺は更に地の文を読み進めようと目を通そうとした瞬間──横から本が掻っ攫われた。
いつの間に来たのか、吉野は本を胸に抱えると焦ったように口を開いた。
「おい、まさか読んだのか?」
「まあ、冒頭だけだけど」
「そうか、ならいい。今後『妹暮らし』は読むの禁止だ」
俺の返答にほっと胸を撫で下ろす吉野。
「それ、中身が手書きだったしオリジナル小説なのか?」
「違う。中は別物だ、本物の『妹暮らし』が読みたきゃ買うんだな」
なんか薄々気づいてたけど、吉野って思いのほか口が悪いよな。見た目も幼いし制服を着てなきゃ同じ高校一年とは思えないな。
「にゃーす」
ガラガラ音を立てて開いたドア。見れば変な挨拶を口にした二人組が部屋に入ってきた。
一人は赤色のくせ毛が特徴の男子生徒。人当たりよさそうなイケメンだ。
続けて姿を見せたもう一人は肩ぐらいまで伸びた金髪を後ろで一つに縛った女子生徒。気の強そうな美人だ。
赤髪の生徒は俺に気づくといの一番に声を掛けてきた。
「おーおーおー確か丸鼻だっけか? やっと来てくれたかでかしたぞ未仲」
こちらに近づいてきた赤髪生徒は俺の後ろにいる吉野の頭をこれでもかと撫でている。
あ、頭なでなでだと……それも人前で。マジか入学してからまだ一ヶ月しか経ってないのに、もう彼氏を作るとは吉野もやることやってるんだな。
「ん……だから言ったろボクに任しとけって。それで、今日はやけに遅かったが何かあったのか?」
「わりーわりー、
瞬間、赤髪生徒が部屋の奥へ吹っ飛んだ。
「嘘つくんじゃないわよ‼ 私が下品みたいに思われるでしょうが‼」
うおぉ⁉ 一瞬だった、瞬殺だった。怖ぇなんだよこの人。
「丸鼻君違うからね。トイレに行ったのは本当だけど、その前にちょっと相談事を受けてて遅くなっちゃたの」
「は、はぁ……それはいいですけど、その俺、丸鼻じゃなくて丸口です」
訪れる沈黙。
「な、何はともあれ部活に来てくれてありがとう丸口君。立ってるのもなんだし座って話しましょうか」
促されるままパイプ椅子に腰掛けると吉野を含めた三人もパイプ椅子に座る。席順は長机を挟んだ俺の対面に傷ついた赤髪さん、それを挟むように左に金髪ポニーテールさん、右に吉野だ。
受けたことはないが、まるで圧迫面接みたいだ。
「おし、それじゃ改めて自己紹介といくか。まずはオレ青春援助部部長の
刹那、バシンと音が聞こえ得意げに語っていた部長の上半身が眼前から消えた。
見れば部長は長机に突っ伏しておりピクリとも動かない。大丈夫なのか?
「だから嘘をつくんじゃないわよシバクわよ‼」
こ、怖。またしても一瞬だった。
「多少力に自信はあるけど、仏のように穏やかだから安心していいからね。こほん、
「あっ、はい
「ちょっと前までもう一人男子部員がいたけど受験勉強に専念したいってことで辞めちゃってね、今は未仲と丸口くんを入れて四人よ」
「そうですか……」
今わかった、この部から早急に退部するべきだと。部員の半数を女子が占め俺を除いた唯一の部長も今しがた死んだ。
加えて白石先輩は後輩の彼氏だろうが関係なく暴力を振るう鬼ときた。あんなのをモロに喰らったら間違いなく死ぬ。
早いとこ退部する有無を伝えて帰ろう。
「そ、それでこの部はどういった活動をされてるんですか?」
日和った。怖いんだからしょうがない。
「よくぞ聞いてくれた!」
元気よく部長が起き上がる。生きてて何より。
「青春援助部こと
「手助けなんて偉そうなこと言ってるけど、依頼者が来なきゃ特にやることのない暇な部活よ」
「姫の言う通りだな。実際ボクが入部してから依頼が来た例はない。存在意義の分からない無意味な部だな」
散々な言われようだ。二人とも辛辣すぎる、部外者の俺でも気の毒になってくる。
「えっ、何で、何でそういうこと言うの。仮にも同じ部活の仲間だよな? 何でそんな酷いこと言うんだよ」
瞳に涙を浮かべる部長は今にも泣きだしそうだ。ほんと気の毒に。
「ごめんごめん、別に貶すつもりはなかったの。ただ事実を口にしただけでね」
「そうだぞ。依頼さえくれば意味を見出せるはずだ……くればな」
「お前ら何なんだよ! 全然フォローになってねぇからな。あーもういいよ、そうだよその通りだよ、青援部は依頼皆無の暇な部活だよ」
分かりやすく口をまげていじけてるよ。とても先輩とは思えないな。
「あの、こんな時に言う事じゃないんですけど……退部したいんですけど」
「ほんとに今言う事じゃねぇな! 退部したいだぁ、そりゃ無理だ」
「どうしてですか?」
「退部には部長の許可が必要だからだ。もちろんオレは許可なんてしない」
最悪だ。部活の退部って許可が必要だったのか……辞めたいのに辞めれないとか、とんだブラックじゃないか。
まぁ、退部できなくても明日から来なきゃいいだけか。
「あーあと、丸口が自主的に来るまで未仲が毎日連行してくる手筈になってる」
超最悪だ。こんなんただの脅しじゃないか。
「いくら彼氏の頼み事でも毎日は吉野さんだって色々と困るんじゃないか?」
「何を勘違いしてるのか知らんが佑助は彼氏じゃない。ボクの兄だ」
えっ、そうなの?
「さっき佑助の名字を聞いただろ。そこで気づけ」
さっきは白石先輩への恐怖でまともに話を聞いてなかった。今も恐怖は消えてないけど。
「それはごめん。部長に頭撫でられてた時の吉野さんが乙女の顔してたからてっきり付き合ってるのかと思った」
「ぼ、ボクはそんな顔してないぞ! でたらめな事を言うな! それに佑助には姫がいる」
なるほどそうなるのか。
「「おっ、おっふ」」
二人して同じ変な表情で照れている。それを見て何故か不服そうな顔をしている吉野。
「やっぱり退部したいんですけど──」
「ボクに嫌な思いをさせといて逃がすわけないだろう。責任取れ」
責任って、確かに勘違いした俺にも悪い部分はあるが、後半部分はそっちが勝手に自滅したんじゃないか。
あと痛いから脛を蹴るのはやめてくれ。それと二人はいつまで照れてるんだ。
「ボクに手を引かれたくなきゃ明日からも自分の足で来いよ」
「あっ、はい」
なんかよく分からんが、ほぼ無理矢理に青春援助部と言う訳の分からん部活に正式入部を果たした。
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