3-6 お手手繋いで帰宅したい系ギャル

 これは……浮気か?


 たわわギャルことマリアさんと仲良く手を繋ぎながら駅へと向かう俺は自分に問いかける。

 

 いやしかし、マリアさんにとっては帰宅時に同伴者と手を繋ぐことが当たり前であって、そこに『浮ついた気持ち』などいっさいない。それは俺も同じだ。


 この繋いだ手は「この子を無事自宅に送り届ける」という使命感の表れのようなもの。下心など1ミリも――


「一緒に帰るの楽しい」


「ですねぇ〜」


 あぁ〜、癒されるなぁ〜。


 この子の隣にいると、自然と頬が緩んじゃうんだよな〜。なんか『ぽわぽわした気分』になってくるっていうかさ〜。手もスベスベであったかいし、ずっと握ってられるよ〜。


「ヘンな顔」


「え?」


 マリアさんが顔をまじまじと見てくる。


「ヘンな顔って、その……俺のことですか?」


「そう」

 

 マリアさんがコクっと頷く。


「ミーちゃんが見せてくれた写真に今の顔がいっぱい写ってた。確か『スケベ顔』って言ってた気がする」


「ス、スケベ顔……?」


「そう。これもが見られた。嬉しい」


「……」


 もしかして俺、この子に『ドMなスケベ野郎』だって勘違いされちゃった?


 というか、初対面の俺に対して警戒心が無かったのは俺の顔を知ってたからか。なんか納得した。


「……っと、着きましたね」


 そうこうしているうちに駅の改札が見えてきた。


「そういえば、まだ聞いてませんでしたね? マリアさんのお家のってどこの駅なんですか?」


 お腹が空いて帰れないくらいだ。一駅二駅じゃ済まないだろう。


「ここ」


「え?」


 ココ駅なんてあったっけ?


 言葉の意味を理解できずに改札前でポカンとしていると、手を引かれる。


「こっち」


「え?」


 マリアさんは俺の手を引いて改札前をスルーすると、そのまま駅の反対側へ出る。


。頑張って」


「え?」


 訳も分からぬまま手を引かれること10分弱。閑静な住宅街に到着した。


「あのー? お家ってこの辺りなんですか?」


「そう」


「へ、へえー……」


 まさかの徒歩圏内だった。高校まで歩いても20分かからないくらいだ。多少お腹が空いてても帰れる距離な気がするけど……。


 まあ、野暮なことは言うまい。胸にこれだけ重たいモノをぶら下げているのだ。途中で休憩を挟みたくもなるだろう――と、歩くだけでプルプルと揺れてしまうTシャツぱつぱつオッパイを盗み見る。たわわギャル、万歳。


 にしても、さっきから道の片側がずっと高い塀だ。ちょっとした美術館でもあるのだろうか?


「あの角を曲がった先がお家の入口」


 気づけばお家のすぐそばまで来ていたらしい。


「あ、じゃあ、そこでお別れしましょうか?」


「どうして? 一緒にお家まで帰りたい」


「いや、それはさすがに……」


 俺が親なら、娘が急に見ず知らずの成人男性を連れて帰ってきたら腰を抜かす。


 部屋でチャーハン作ってあげた間柄に過ぎないのに誤解されることは必死。


 親御さんに余計な心配をかけないためにも、少し離れた場所からこの子が家へ入るのを見守ってあげる――それが『できる大人』ってもんだろ? フッ……。


 幸い、街頭で照らされた道は明るく見通しも良い。この子をここから見送っても問題は……


「ん?」


 誰かいる。


 角を曲がった道の少し先。街頭の下に『スーツ姿の女性』が立っていた。


 ナチュラルブラウンのショートボブがよく似合うスラリと背の高い女性は両手を前で組んで姿勢正しくこちらを見つめている。その目は――


 ゾクッ


 恐ろしいまでに冷たい目をしていた。殺意すら感じさせる女性の視線に寒気が走る。と同時に、ミサキさんの言葉が脳裏をよぎる。


 ――マリア、ひとりで帰らせるとから。


 もしかしてこの人のことか!?


 俺は咄嗟にマリアさんの前に出る。相手が何者にしろ、敵意を向けられているのは明白。俺が体を張って、マリアさんを守らな――


「カエデさーん」


 俺の後ろにいたはずのたわわギャルがトテトテと小走りで女性のもとへ駆け寄っていく。


「え?」


 そのままマリアさんは親しげに女性に抱きついた。


「ただいまー」


「お帰りなさいませ、


 そう挨拶を返した女性の目は先ほどとは打って変わって、とても穏やかなものになっていた。


「え?」


 ドユコト?


 呆気に取られる俺に対して、マリアさんが手招きする。俺は慌てて2人のもとへ駆け寄る。


「えーっと……?」


 年齢的にお姉さん……だろうか? 20代前半と思しき女性はマリアさんとは対照的にとても『スレンダーな体型』をしている。おおよそ姉妹とは思えな――


「何か?」


 お姉さんにめっちゃくちゃ睨まれる。


「えっ、あっ、すみません!? じゃなくて、はっ、初めまして。本日、マリアさんの送迎係を務めさせていただきました、なぐ――」


「名乗っていただかなくても結構です! あなたのことはので!」


「え?」


 なぜ会ったばかりの俺のことを知っているのだろう?


「なにボサッとしているんですか? ドMのスケベやろ……おほん。あなたはもう用済みです。さっさとお帰りください」


 え? 初対面の相手に対してキツくない?


「そ、そう……ですね」


 聞きたいことは山ほどあるが、今日のところはお暇しよう。マリアさんを無事送り届けられたわけだし。


「さあ行きますよ、お嬢様」


「もっとお話ししたい」


「ダメです。これ以上この男と一緒にいると、がうつってしまいます」


 浮気性?


 渋るマリアさんの背中に優しく手を添えるお姉さんが、たいそう恨めしそうに俺を見てくる。


「まったく、忌々しい……。あなたの方からお嬢様にアクションを起こしていたら、ひと思いにものを……」


 や、殺れた……?


 彼女の低く憎悪のこもった声に思わず背筋が凍りつく。え? 部屋のベランダから感じた視線って、この人だったりするの……?


「ねえ、また遊びに行ってもいい?」


 俺とお姉さんの間に流れる不穏な空気にまったく気づいていないマリアさんが俺に尋ねてくる。


「えっ、あっ、はい。構いませんよ。今日みたいに18時過ぎにはだいたい家にいるので」


「なな、何言ってるんですか、お嬢様!? いけませんよ! あんな趣味の悪い部屋!」


 俺の趣味じゃない。というか、なぜ知っている?


「また行きたい。お部屋とっても可愛かった。ミーちゃんのお部屋みたいだった」


 本人プロデュースの自慢のギャル部屋である(白目)


「とにかく! お家へ帰りますよ!」


「あぁぁ……」


 マリアさんはお姉さんに引きずられるようにしながら、帰宅の途につくのだった。別れ際、マリアさんが手を振ってくれる。

 

「またね、


「あ、はい。いつでも遊びに……って、ん?」


 チャーハンの人?


 お姉さんに引きずられる彼女を見送りながら、はたと気づく。


 そういえば俺、名前言ってないな……

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