3-5 シャツのボタン飛ばしちゃう系ギャル

 冷蔵庫の中を確認したが、作り置きの料理は切らしていた。冷凍庫を開けながら部屋へ向かって声をかける。


「マリアさーん? 好き嫌いはありますかー?」


「なーい……」


 なら、冷凍のチャーハンでいいかな。カニカマもあるし。


「5分くらいで出来上がるので、ちょっと待っててくださいねー」


「わかったー……」


 ふふっ、姿が見えないと小学生の女の子と話してるみたいだ。


 俺は鼻歌混じりにフライパンを2つコンロにセットし、片方に冷凍チャーハンを1袋、もう片方に冷凍餃子を並べて火にかける。


 チャーハンを炒めつつ、レタスとカニカマを手早く刻んでいく。火の通ったチャーハンに刻んだレタスとカニカマを追加して軽く炒め合わせたら完成だ。2人分を皿に盛り付けて部屋へ持って行く。


「お待たせしました! カニカマレタスチャーハンと餃子です!」


「わぁ、おいしそう」


 お腹が空きすぎてぐったり気味だったマリアさんの顔がパッと明るくなる。2人向かい合わせにローテーブルへ座り、仲良く手を合わせてから食べ始める。


「これ、とってもおいしい」


「ふふっ、それは良かった」


 冷凍食品大手メーカー『味のモット』の冷凍チャーハンと餃子だから味は間違いない。


「こっちもおいしい」


 マリアさん、見た目はキレイめ系なのに、ちょっとわんぱく食いなところが萌える。


「ふふっ、慌てずゆっくり食べてくださいね」


「わかった」


 同じわんぱく食いでもミサキさんと違って、ちょっとお上品な感じだなぁ。


「……にしても」


 俺はベランダの窓ガラスへ顔を向ける。


「うーむ……」


 さっきからどうも視線が気になる。ベランダからような気がしてならない。


 シャッ


 一度カーテンを開けてベランダを確認してみるが、もちろん誰もいない。当たり前か。ここ3階だし。


 元いた場所へ座り直す。


 そもそも合鍵持ってる3人が学校と遊園地にいるのに、誰かが3階のベランダにいるわけないもんな。


 ワンチャン、俺の命を狙う凄腕のという可能性も……


「んなわけないかー。俺、普通の会社員だしー」


 クイクイ


 バカな妄想をしていたらワイシャツの袖を引っ張られる。


「あ、すみません。どうかしましたか?」


欲しい」


「え? おかわり?」


 テーブルを見ると、マリアさんの皿の上からチャーハンと餃子がきれいさっぱり無くなっていた。米の一粒も残っていない。


「早っ!?」


 よそ見していたとはいえ、俺が2口3口食べている間にチャーハンと餃子をすべて平らげてしまったらしい。手品かな?


 そして、食いしん坊ギャルの視線はすでに次の標的――俺のチャーハンへと向けられている。


「じゅる……」


 ヨダレも垂らす始末。美人な顔が台無しである。


「えーっと……これ、食べますか?」


 空いたお皿と交換してあげる。


「え? いいの?」


「もちろん。俺にはギョーザがありますから。遠慮せずに食べてください」


「じゃあ、もらう」


「ふふっ、どうぞ」


「もぐもぐ……おいしい」


 可愛い。


 チャーハンを頬張る姿がキュートすぎるマリアさんに癒されながらギョーザをつまんでいく。ここらでビールをグビッといきたいところだが、高校生がいる前で酒は飲まないとミサキさん達と付き合い始めた時に決めた。


「はい、あげる」


 マリアさんが不意にスプーンを差し出してきた。こんもりとチャーハンが乗っかっている。


「え? いいんですか?」


「うん。だって、ミーちゃんが言ってた。『好きなモノはシェアした方が楽しいぞ!』って。だからあげる」


 ミサキさんらしいな。


「ふふっ、なら遠慮なくいただきますね」


「いいよ、はい。あ、じゃなくて……」


 なぜかマリアさんはいったんスプーンを引っ込める。


「ミーちゃんが言ってた『お食事のマナー』を実践しなきゃ」


 お食事のマナー?


 マリアさんは再びスプーンを近づけてくる。


「はい、


 ラブラブな掛け声が追加された。


「え、えーっと……?」


「食べないの? ミーちゃんが言ってたよ。男の人に食べさせる時は『あーん』って言うと喜んでくれるって」


 果たして彼女の友達にあーんしてもらってもいいのだろうか? まあ、ミサキさん直伝のお食事マナーだし、仕方ないか。


「はい、あーん」


「あ、あぁーん」


 マリアさんが差し出したスプーンを遠慮がちに咥え込む。


「嬉しい?」


「ふあい、とっへも」


 思った以上に量が多かった。口がいっぱいで上手く喋れない。


「あーんするの楽しい。もういっかい、あげる」


「ふえっ?」


 口の中がパンパンなのに追いスプーンが迫ってくる。


「はい、あーん」


 軽く首を振って無理だと伝える。


「遠慮しないで。はい、あーん」


 遠慮したわけではい。


「あーん」


「……ふぁ、ふぁい」


 仕方がないので無理やり口に含む。


「楽しい。はい、あー……」


「ほほ、ふりでふって!?(もう無理ですって!?)」


 その後、きちんとインターバルを置きつつ、マリアさんの気が済むまで「あーん」は続けられたのだった。


 途中ベランダの方から「ガタガタッ」という物音が聞こえた気がしたが、たぶん気のせいだろう。だって、ここ3階だし。


 時計を見るとすでに19時を回っていた。外もすっかり暗くなっている。そろそろこの子をお家まで送っていくとしよう。


「お腹はいっぱいになりましたか?」


「うん、なった。元気いっぱい」


 お腹を満たしたマリアさんは得意げにマッスルポーズをしてみせる。次の瞬間――


 パンッ


 マリアシャツの第3ボタンが弾け飛んだ。


「あ」

「え?」


 弾丸のように発射されたボタンは見事、俺のおでこにクリーンヒットしたのだった。



「まだ痛い?」


 玄関先。男物のTシャツに着替えたマリアさんが優しくおでこをさすってくれる。


「わざとじゃないんですから、そんなに気にしなくてもいいですよ」


 お返しに頭を撫でながら視線を落とす。


「うーむ……」


 彼女の着るTシャツの胸元にプリントされた『BIG DREAM』というロゴがパッツパツで苦しそうだ。さすがHカップ超えの膨らみ。まさに『男の夢』って感じだなー。……というか、なんで俺、こんな激ダサTシャツ買ったんだろう?


「当たったとき、とっても痛そうだった」


「え? ああっ、そんなことありませんよ? むしろお礼を言いたいくらいです」

 

 なんたって『パイ圧でシャツのボタンが弾け飛ぶ』奇跡の瞬間を見せてもらえたんだからな!


「痛かったのに、お礼を言いたいの?」


「え? まあ、そう……ですね」


「うーん? そういうの何て言うんだっけ?」


「そういうの?」


「あ、思い出した。確かだ。ミーちゃんがそう言ってた気がする」


「ド、ドM……?」


が見られた。嬉しい」


「……」


 ミサキさん、変なこと教えなーいで!


「そっ……そろそろ帰りましょうか? お家まで送りますね?」


「わかった。じゃあ、はい」


 マリアさんがなぜか手を差し出してくる。


「ん?」


「はい」


「えーっと……?」


「お家まで帰る。ミーちゃんとはいつもそうしてる」


「…………え?」

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